見栄プリン
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高校の三階、L字を描く校舎の曲がりに図書室はある。扉を開け、まっすぐ進んだ先の窓際の席に姉が座っていた。机に文庫本を広げ読みふけっている。近づいても気づかないので、肩を叩いた。
「姉さん、ごめん。待たせた」
委員会で呼び出されていたのが終わるまで、待たせていたことを謝罪する。姉は気にしないと首を振った。
姉が帰り支度を整えているのを呆と眺めていると、椅子の上、姉の鞄にマフラーが掛かっているのに気づいた。
「そのマフラー」
びくりと、姉さんはまるで悪戯の見つかった子どものように体を震わせた。その様子に今朝方、そうではないかと思っていたことが確信に変わった。
「あさ、チアキが着てたよね」
指摘すると、姉は顔を赤く染めながら違うと否定した。
「これは、図書室でさっき見つけたの」
目を合わさずに、帰り支度を続けながら告げられた言い訳に、軽くため息をつく。そう、と気のない返事を返してポーズの上だけでも了解しておく。いつものことだ。本人はこれで隠しおおせているつもりだが、チアキのことが絡むと、姉は途端に自分と繋がりがないかのような嘘をつく。そこが気になって、私もことある事にチアキとの繋がりを見つける度に指摘していた。
「嘘」
だがこの日、私は我慢することができなかった。常ならば形だけの了承でも心を紛らわせられるが、この日に限って、私の心は、私に素直だった。
「だって、チアキが女物のマフラーをするなんておかしいよ」
姉は、帰り支度をしていた手を止めて、ゆっくりと私を振り返った。いつもの様子とは違うことに気づいたのだろうか。伺うような目を私に向ける。
その目を見て理性はやってしまったと告げるが、衝動に任せた口は止まらなかった。
「なんで、姉さんは隠すの。チアキと付き合っているなら、そう言えばいいのに」
告げた私に、姉は痛ましげな視線を向ける。眉根を寄せ、気遣うような表情に見下されているような気がした、。頭にカッと血が上る。
「そうやって、自分たちは恋人同士だからって愉しんでいられて良いかもしれないけど。ばらそうばらそうって思っている内に、私が気づかないふりを続けるのを見てこのままで良いって思ったのかも知れないけど。じゃあ、私は仲間はずれにされて、そんな二人を眺めているだけでどうすればいいの」
気づけば、姉に詰め寄っていた。自分の中の嫌に冷静な思考が、みっともないと自分を罵倒している。浅ましい子どもだと。置いて行かれたから寂しいと喚いているだけじゃないか。
だが、姉は、そんな私の様子を見ても言い返そうとはしなかった。ただ、どこか穏やかに困った表情を浮かべていた。むずがる子どもをどうあやそうかと悩んでいる母親のような表情。朝にみせた女子高生らしいかわいさとは打ってかわって、それは大人の母性を感じさせた。
心に焦りが走る。背筋を伝う強迫的な恐怖が思考を急かす。
悩んだ末に、姉は私の頭に手を置いて告げた。
「ごめんね」
私はその手を振り払う。
「絶対に後悔する。そうやって居る内に、絶対に手遅れになるんだから」
振り払われた手を見つめながら姉は、私の言葉に考え込んでいた。それから、ごめんともう一度告げて、手荷物を持って立ち去っていった。
置いて行かれた私はその場でうつむいて足下を眺めていた。やってしまった、と思う。それも一日に二度も。「絶対に後悔する」というのは一体誰に向けた言葉だったのだろうか。