小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ihatov88の徒然日記

INDEX|159ページ/164ページ|

次のページ前のページ
 

6 ヒゲメガネ 4.11


 昭和のお生まれの方ならおそらく誰もがご存知かと思います。ヒゲメガネですよ、ヒゲメガネ。

 平成生まれ、さらに21世紀のお生まれの方ならもっと知らないでしょうからここで説明しておきます。ヒゲメガネというのはフレームのみの丸メガネに鼻がついていて、いわゆるチョビヒゲが生えている、昭和の子供たちならおそらく一度は掛けてみたことのあるメガネのことです。今でも縁日等で見付けられるかもしれませんが、最近ではめっきり見なくなったオモチャの一つです。
 掛ければ目が見える訳ではありません、レンズが入ってませんから。掛ければどうなるかといいますと、その姿を見た人たちはとてもハッピーな気持ちになり微笑むことでしょう。それがヒゲメガネの効能なのです。

   * * *

 今から10数年前、まだ20世紀の終わりころの話です。私は世界を放浪しておりまして、中国は北京にたどり着いたのです。日本を離れて3週間くらいでしたか、ちょうど自分の細胞が代謝を繰り返し日本にいた頃を忘れる時期に見かけたのですよ、ヒゲメガネを。
 あれが日本の発祥なのかどうかはわかりませんが、北京の動物園の入口周辺で陽気なおじさんが売ってるのです、ヒゲメガネ。自ら装着して楽しそう、ヒゲメガネ。

 せっかく中国に来たのだからパンダでも見ておこうと思いフラッと訪ねた動物園。当時はまだ開発前でしたから今の北京とは全く想像がつかないほどの閑散としたのどかな風景。その風景を見てとにかく私は子供の頃の懐かしいにおいのする風景がよみがえったのです。
 買ってみよう、旅のなんとかはかき捨てと言いますから。いやいや、我に返った時に空しくなるからやめとこうか?頭の上であまり意味のない駆け引きをしながらおじさんの周囲を見ていると、けっこうな調子で売れているのだ、ヒゲメガネが。親子連れや当時はまだ人民服を着ていたおじいちゃんまでが一個数元(100円もしなかったと思う)のヒゲメガネを着けているのだ。おじいちゃんなんか元の髭が邪魔してるのに。

 とにかく、当時の北京はのんびりしていました。インターネットが普及する以前は今ほど反日感情もなく、旅行く日本人にもわからないことがあれば親切に筆談で教えてくれました。そして皆さん達筆なのです。さすが漢字を発明した国であります。近年の反日感情はネットが煽っているような気がしてなりません。文明の利器も便利な反面、薬といっしょで副作用的なものがあるんですね。

 ちょっと脱線してしまいましたね――。

   * * *

 私は動物園の入場券(2元=30円くらい、パンダ館は追加で1元)を払って中に入ろうとすると、外がにわかに騒ぎだしたのです。
 視線の先はヒゲメガネの人だかり。どうやらここでトラブルがおきたのです。なぜかヒゲメガネをしている掃除のおばちゃんどうしが何やら大声でケンカしてるのです。高速で捲し立てる中国語というのは本当に何を言ってるのかわかりません。片方のおばちゃんはもう片方のおばあさんのちりとりを蹴りつけるし、相手も反撃してホウキを投げるんです、とにかくトラブっているのだけはわかります。

「外国ではトラブルには近付かないのは鉄則」
 私は遠巻きにケンカの風景を眺めました。
 ケンカをする両おばちゃん、止めに入った兄さん。そしてそれを見ているギャラリーの方々……。

   みんな、ヒゲメガネなんですよ!

 当事者は真剣なんでしょうが、その光景を目の当たりにしてそれはどうしてもふざけてるものにしか見えず、とうとう堪えきれずに背を向けて吹き出してしまいました。

   * * *

 それから時は流れて北京は目覚ましく発展し、世界の近代都市のトップの仲間入りにならんとしています。
 職場でテレビを見ていたら、たまたま北京の動物園の映像が流れたのです。ここも例に漏れず、かつて私が訪ねたあの風景は面影もないのです。もちろん、ヒゲメガネを売っていた兄さんも。当時はなかった地下鉄も通っているようですし、はっきりいって世界の近代都市の様相なのです。街は成長し発展するものですから、それ自体が悪いことだとは思いません。
「ああ、この辺も変わっちまったんやなぁ……」
と画面に向かって漏らすと、一緒にいた後輩が、
「僕も最近あそこ行ったんスよ」
「へえ、そうかいな」
共通の話題が出てきて盛り上がる、私は昔の話をしようとすると、後輩の方がクスクス笑いながら話を切り出してきたのです。
「それでですね、行ってみたら面白いんですよ。入口前で未だに……」
 私の話のネタは見事に封じられた。だって、
「ヒゲメガネ売ってるんですよ!」
と言うものですから。

 古き良き伝統は守られている。何故だか私は安心しました――。

作品名:ihatov88の徒然日記 作家名:八馬八朔