ihatov88の徒然日記
19 行き付けの喫茶店 6.16
そんなにオシャレな方ではないのは自他共に認めるところです。しかし、そんな私にも背伸びをしてカッコつけようとした時期がありました。かつて。今は……、聞かないで。
社会人一年生の時です。採用時研修と、今までの怠惰で自由奔放な学生生活とのギャップに疲れはてていた5月の中ごろ。大学時代の友人が私を誘うのです。
「最近近くの喫茶店でバイトを始めた」
と。
つまるは一度店に来いよということです。友人は訳あって現在大学五年生、勉強が大好きというわけではない。
とにかく、ちょっとコジャレた喫茶店でバイトを始めたというのだから行ってみよう。私は社会人一年生、こちらもちょっとコジャレた大人になってみたい。そのステータスの一つ、
行き付けの喫茶店
を持つということに一種の憧れを持っていたので
「是非行ってみたい」
ということで、研修施設から帰郷してきた土曜日にその喫茶店を訪れることにしたのです――。
* * *
映画にもなった『阪急電車』の門戸厄神駅を下りたところにそれはありました。駅を下りて女子大へと続く道の途中。死語ですが「オシャレでモダンな」喫茶店がそこにあります。通りを行く女子大生もオシャレです、その辺はさすが音楽科のあるようなお嬢様大学です。友人がここでバイトを始めた理由もわかります。
気さくで紳士なマスターともすっかり打ち解けて、ここが行き付けの喫茶店になるのはそう時間はかかりませんでした。
それからこの喫茶店は私や友人たちの拠点となり、行けばマスターはもちろんのことその他の友人がいることが多く、大学卒業後の情報交換の場になったのです。仕事の困難も辛いときもふと由なし事を話ながらコーヒーを飲むだけのために単車を転がしたものでした。
それはそれで「自分のお店」というものを持って自分的に満足したものです。
大きな大きな出会いもありました。
さっきのここでバイトをしている友人の紹介で、今のヨメと出会いました。その後結婚式の前々日、ここで細やかなパーティもしました。
行き付けの喫茶店を持つ。それはやんちゃくれだった学生を大人にしてくれた思い出の場所なのです。カッコいいかといえばそうでもありませんが、ここへ通うことによって自分は大人になったのかなと思います。
それから10年――、
私は結婚して、やがて子が生まれ、ほどなくして勤務先も部所も変わり、街を離れあっちこっちへ奉公しました。実家は市内にありましたので帰った時は寄っていたのですが、それも叶わぬほど遠いところへ転勤してそれもできなくなり時だけが過ぎて行きました。
そして兵庫県に戻ったあと、神戸に多額の借金を投じて我が家を購入したことをマスターに連絡するとしばらくして一通のお便りが来たのです。それが、
「閉店のお知らせ」
だったのです。これを見てヨメにも報告をしました。
「残念やねえ」
「ホンマやねえ」
やっと地元に帰ってきたのに残念でしかたがありませんでした。思えばここが出会いの場所、それが無くなってしまうなんて。これも時の流れなんでしょうか。
結婚してちょうど10年の時でした。長くよってなかったので心配はしていたのです。21世紀頭の不景気でいろんな会社、個人的にかかわるところで言えば結婚して最初に住んだ社宅も取り壊し、結婚式の二次会をした店もつぶれ、行き付けのうどん屋や回転寿司屋も今は昔――。ヨメと行ったところは大概つぶれてると冗談で話していた矢先の話だけに何ともカンとも……です。
私のくだらない話を読んでいただいてありがとうございます。
「自分だけのお店」いいと思いませんか?皆さんはそんなお店ございますか?あればそんなエピソード教えて欲しいな……。
* * *
エピローグ
これからグダグダな話になります――。
子どもたちも学校や幼稚園で出払い、シフトの関係で今日は休みの私とヨメの二人だけになった平日の午前中。トキメキのない事務的な話をヨメと交わしている日常でこの話題が上がったのです――。
「出会ったサ店も無くなり、二次会をした店も無くなり……、時代の流れやのう」
「ホンマやねえ、そんだけウチらも長なったってことやね」
「まあ、確かにそやのう」私はニヤッとして話を続けた「次は何がつぶれるやろなぁ?」
それを聞いた途端、ヨメの笑い声が。
「決まっとうやん、次は『ウチら』でしょ?」
「うわぁ、シュール……」
作品名:ihatov88の徒然日記 作家名:八馬八朔