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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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海の星

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「おお、気がついたか。ちょうどよかった。スープができたところだ」
 恰幅のいい初老の男性がベッドの脇にいた。
「あの、ここは……」
 ぼくはその時、壁に掛った写真を見て言葉を失った。ゆうべ出会った人魚が、写真の少女の顔にそっくりだったから。
「どうした?」
「あ、あの、あの写真は?」
 その人は写真に目をやると、寂しそうな笑顔をみせながらポツリと言った。
「わたしの娘だ。先月死んだ」
 一瞬ぼくのまわりで時間が止まった。
「ずうっと病気で外に出ることもできなくてな。海の側で死にたいといって、無理を承知でここに越して来たんだ」
 話を続けながら、その人はぼくにスープを勧めてくれた。
「わたしは土産物屋をやりながら、娘を看病した。ここの空気がいいせいか、少しよくなったと思ったら……」
 男の人は目を閉じた。しばらく沈黙が続いたあと、ふたたび男の人は口を開いた。
「あんたは死ぬつもりだったのか? 今朝、波打ち際で倒れておった」
「い、いいえ」
 とっさにぼくは答えたけれど、本当はそうだったのかもしれない。
 夢を追って都会に出たのに、挫折したぼくは何もかもいやになって、どこでもいいから逃げたかった。思いつきで乗った電車でここに来た。
 海をみながら、自分はなんて小さいんだと思った。小さなことでくよくよ悩むなんてばかばかしいと。
 でも、死ぬことを思い切ることができなくて、それから……。
「救急車を呼んだりしたら、騒ぎになる。水も飲んでいないようだし、大したことはなさそうだから、わたしの家まで連れてきたんだ」
「すみません。ご迷惑をかけて」
「まあ。何があったか知らんが、自分が自分を見捨てない限り、チャンスは必ずあるさ」
 肩を叩いた力強い大きな手は暖かかった。
 
「いろいろお世話になりました」
 その日の午後、ぼくは出発することにした。とりあえず田舎に帰ろうと思って。
 不思議なことに、身体中に力がみなぎっていた。人魚がいったように、あれはぼくの命だったのだろうか。
 木のドアを開けて外に出ると、駅前の景色は全く昨日と違っていた。
 駅舎は無人どころか、駅員が数人ちゃんといるし、タクシー乗り場も駅前交番もある。通りには土産物屋や食堂が並んでいて、そこそこ人通りもある。
作品名:海の星 作家名:せき あゆみ