開けてはいけない
「わかってる。開けないさ。」
「そうだ、そして朝を待つんだ。」
「わかった。」
加治の声がやや落ち着いた。
「そうさ、わかってる。」
自分に言い聞かせるような加治の声にかぶって、ドアを引っ掻く音が聞こえて来る。
「でもな、川村。」
「なんだ。」
「開けたいんだ。あの音を聞いていると、ドアを開けたくて堪らなくなるんだ。頭では開けちゃいけないってわかってるのに、勝手に体が動いてしまいそうになるんだ。」
「だめだ、加治、いいか、なにか別のことを考えろ。iPodで音楽でも聴け!」
「大丈夫だ、我慢できるって。ドアを開けたりしない。大丈夫だ。ああ、でも腕が勝手に動きそうだ。」
「加治、耐えるんだ。いつかおまえが言っていたシステムカットオーバー前のデスマーチに比べれば、どうってことないだろ!」
「そうだよな、月に220時間の残業に比べれば、どうってことないさ。でもな、俺は確かめたいんだ。ドアの外に何がいて、何が起こっているのか。」
「加治、今のおまえにとって、そんなことどうでもいいことだ、冷静になれ!」
「だめだ、川村、もう俺は我慢できそうにない。川村、助けてくれ、俺には止められない!」
「やめろ、加治っ!!」
俺は受話器に向かって叫んだ。受話器の向こうから、ドアノブを回す音が聞こえた。とたんに、あれほど聞こえていたドアを引っ掻く耳障りな音が、ふっと途絶えた。
「加治っ!!」
俺がもう一度叫んだ瞬間、電話が切れた。
俺は慌ててリダイヤルボタンを押した。けれど、呼び出し音が鳴るだけで、二度と電話に加治が出ることはなかった。
作品名:開けてはいけない 作家名:sirius2014