ゴーレムが守るモノ
しばらくして、村に嫌な空気が流れてきた。
村の人は『えきびょう』だと言った。私はそれがなんだか分からなかったけど、悪いモノだということだけは肌で感じた。
みんな動かなくなった。鳥ですら飛べなくなった。繊細なガラス細工が得意な小物屋のお兄さんも、綺麗な織物を作る村一番の美人さんも、同い年の男の子も女の子も、隣のお婆さんもお母さんもみんな動かなくなってしまった。
一人、また一人と咳き込んで倒れてしまう。ひどい熱が出て動けなくなってしまう。熱が引いた頃には、冷たくなっている。
やがてこの村は、それに満たされていった。それは『し』だ。『し』が村を覆う頃には、動けるものはわたしだけになっていた。
「ばけもの……」
わたしは、わたしの髪をいじりながらそう呟いた。
わたしはばけものだから、一人生き残ってしまったのだ。
最期の一人の顔が忘れられない。絶望と悲しみに囚われた瞳だった。
「ごはんもなくなる。誰も、ここに近付かない。どうしよ……」
どうすればいいのか、分からなくなる。この村には『し』が満ちている。だから、この村にはもう誰も近付かない。わたしは、たったひとりになってしまった。
――ぎ、ずしん。ぎ、ずしん――。
――ぎ、ぎぎぎ。ずしん、ぎ、ずしん――。
――ぎ、ぎ、ぎぎぎぎぎ――。
「まっさら丘の、おにんぎょさん?」
ゴーレムが動く音だった。まっさら丘では、今でも彼は動き続けていた。
「もしかしたら、ばけもの同士。仲良くできる、かな?」
壊れていたらどうしよう。でも、だからとゆってこれ以上できることがない。それが壊れていようと壊れていまいと、結局は最後に残った選択肢であった。
わたしは『し』に囚われたお母さんに別れを告げて、まっさら丘へ目を向ける。
今日もゴーレムは動き続ける。
まっさら丘へ行くにはうすくれ森を抜ける。葉の多い木々が並んでおり、昼間でも薄暮のように暗いことからその名が付いた。
足元すらおぼつかず、所々にある石に躓いてしまう。
木々の間から見える曇った空を目にすると、心が折れそうになる。
なんでこんなとこを歩いているんだろう? いつもならそろそろ家で夕食の準備をしていた頃だ。ここ数カ月は、まともな夕食を取れた覚えはないが。
パタパタと蝙蝠が飛ぶ。小さな虫がふわふわと舞う。
『諦めちゃいなよ』
木々の間から光が差し込んでいる。その光の下に、『わたし』がいた。
『この先に行ったってどうにかなる、なんてほしょうはないんだよ? もしかしたら――まっさら丘のおにんぎょさんが壊れていたら、死んじゃうかもね?』
「でも、ほかにやれること、ないし……」
『うふふ。そーいう消極てきなシセイ、わたし好きだなぁ』
そんなこと分かっている。今のわたしがとても後ろ向きな理由でまっさら丘に向かっていることぐらい、自覚はあるんだ。
「だったら行かせてよ」
『どうしよっかなぁ――まあ、いいか。どうせここで進むのも引き返すのも『わたし』なんだし。――でもね』
くらりと、軽い頭痛が頭を叩く。
――『わたし』にはしぬ覚悟があるのかな?
目を開けると、そこには誰もいなかった。どうやら少し眠っていたのかもしれない。多分そんなに長い時間は眠っていなかったようだ。
「つかれちゃったんだなぁ……」
と、わたしはここ数カ月を振り返ってそう思った。
さて、あんまり休んでいる暇はなさそうだ。暗くなる前にうすくれ森を抜けてしまいたい。
再び立ち上がる。足は傷だらけだけど、まだ歩ける。折れそうになる心に添え木を挿す。少しでいい、ほんの少しだけ誤魔化せればそれでいいのだ。
そうして、わたしはまっくらな森の中を歩いて行く。