小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ゴーレムが守るモノ

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 


「アーシェ、北のまっさら丘には行くんじゃないよ、ゴーレムが出るからね」
 お母さんは、北のまっさら丘を眺めるわたしを見て言う。
 村の北にはまっさら丘と言われる荒れ野がある。草や木が生えることがなく、絶え間なく吹き出る『瘴気』のせいで人が暮らすことのできないところだ。
 そのまっさら丘にはゴーレムが出る。ゴーレムというのは、召使いの代わりに作られた動く人形であり、今は作る方法がないのだという。まっさら丘のゴーレムは野良ゴーレムで、主人はいない。
 野良ゴーレムに関わるとロクなことがないと言われている。それはわたしの住む村だけの話でなく、どの村でもそうだ。ただでさえ危ない場所に、ロクでもないモノが居るので、何度もまっさら丘のゴーレム退治をしよう、という話になるのだけど、眠るキメラにちょっかいを掛けるようなものだからと村のみんなは関わろうとしない。
 確かに、まっさら丘のゴーレムは今のところ無害だと思う。まっさら丘を徘徊するだけで村に降りることはおろかまっさら丘から出ようとすらしないからだ。
 そうして今日も、まっさら丘からはゴーレムの動く音が聞こえてくる。
 その音を聞きながら、わたし達は村を出る。
 この村の水はひどい味がする。なので、水をわざわざ遠くまで取りに行くのだ。その当番は持ち回りで、今日はわたしの家の番だった。
 わたしの家にはお父さんがいないので、わたしとお母さん、あとは一人だけ、村の男の人が付いて来ることになっている。
 今日の付き添いは小物屋のお兄さんだ。凄く器用で、特にガラス細工が得意なのだ。
「村の水ってなんで飲めないの?」
「まっさら丘の瘴気が土地と空気を汚すんだよ。でも、他も似たようなものさ。太古の禁呪に手を出したせいで呪われた土地や、魔物が歩き回る草原。旧人が作り上げた太古の遺産が連なっている危険な遺跡――なんでも遺跡が崩れ落ちてくるから住めたものじゃないとかなんとか」
 今から行く小川も、夜になると化け物が現れるから住めないのだとか。
「瘴気って、なんなの?」
「さあ? 村の人は魔物の死骸から生ずる悪気とか言うけど、学者さんは違うって言うし。
 ――まあ、でも、人の体に良いモノじゃないわな。水だって臭くなるし、あそこに行くと喉がイガイガするし、目も痛くなるからな」
 どこもかしこも人が住むには難しい土地なのだ。人はか弱いのでこの世界を歩き回る魔物や、見えない毒・呪いを克服することができないのだと、お兄さんは言う。
「司祭さんは、『これは人類に対する罰なのだ』と言ってたっけ」
「あの人、わたし苦手……」
 話はつまらないし、眠くなってしまうのだ。
「俺も苦手だよ。あの人、ただ本を読んでるだけなんだもんな」
 お兄さんは笑いながら空っぽの荷車を引く。小川は近い。

 水を汲んで村に戻ったら、村の子たちに囃された。
「お、ばけものが水をはこんでるぞっ!」
「うへっ! 毒をいれるかもしんないぞぅっ!」
「こらっ! 女の子を苛めるんじゃないっ! そんな卑怯な子はまっさら丘に置いて来るぞっ!」
 小物屋のお兄さんはそう叫んで、その子たちを脅す。
 わたしの髪は真っ白で、この村の人間の髪の色ではない。お父さんが異人さんだったのだ。そのお父さんも戦争からずっと帰ってこない。
「あんたももうちょっと堂々としていなさい。別に悪いことをしてる訳じゃないんだから」
「うん……」
 わたしはお母さんの小言にそう答えて、荷車を押す。
 水を村の広場まで持っていくと、わたし家族は家に戻る。その途中、わたしは隣のお婆さんの家に立ち寄った。
 一日一回、お婆さんの家で世間話をするのがわたしの日課なのだ。
「また聞こえるね」
「そうだねぇ。まっさら丘の人形さんも、少しは休めばいいのにねぇ」
 隣の家のお婆さんが、困った顔で言う。私は、お婆ちゃんが言うようにまっさら丘のゴーレムがなんで休まないのか、と考える。
「おにんぎょさんは疲れないから、なのかな?」
「さてさて、本当にそうなのかい? 聞いてごらん、人形さんが動く音を」
 ――ぎ、ずしん。ぎ、ずしん――。
 ――ぎ、ぎぎぎ。ずしん、ぎ、ずしん――。
 ――ぎ、ぎ、ぎぎぎぎぎ――。
「なんか、いやな音だね」
「そうだね。私もね、身体からこんな音が聞こえてくるんだよ。歳をとるとね、身体の節々がもう動けない、って泣くのさ。あの人形さんも、私や私と同い年ぐらいの水車の音がするね」
「じゃあ、まっさら丘のおにんぎょさんももうお婆さんなの?」
「そうなのかもしれないねぇ。お爺さんもしれないけどね?」
 お婆さんはふふふと笑った。私もつられてふふふと笑った。
「まっさら丘のおにんぎょさんって、ゴーレムって言うんでしょ? ゴーレムってそんなに怖いの?」
「そりゃ怖いさ。もし壊れてたら襲ってくるかもしれないからね。お前さんなんて、人捻りさね」
 お婆さんは、そうゆって笑う。
「壊れるって、どういうこと? もう壊れかけてるじゃない」
「そうだね、ゴーレムにはね、守らないといけない約束事があるんだよ。その約束事を守れなくなったゴーレムをね、『壊れた』っていうのさ」
「その約束事って?」
「それは、明日教えてやるよ。――さあさ、お手伝いの続きをしないとね。今日は何をするんだい?」
「獣除けのお香作りだよ」
 お婆さんの質問にそう答えて、私は自分の家に戻る。
 村には今日も、まっさら丘のゴーレムの動く音が響いている。

作品名:ゴーレムが守るモノ 作家名:最中の中