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ゴーレムが守るモノ

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 ――とても嫌な臭いがした。
 ここがまっさら丘だ。剥き出しの土とごつごつとした石と岩が広がる丘だ。丘の麓には、ボロボロで元の形すら確かではない石の建物が久方ぶりの客人を出迎える。まるでお墓の様で気味が悪かった。
 わたしは、その丘を昇って行く。その頃には夕日が落ち始めており、昇り終わる頃には沈んでしまっていた。
 丘の上には、一体のゴーレムがいた。ゴーレムは、じぃっと空を見つめていた。大きな身体を持つ人の形をした人でないモノ。その巨腕はわたしなど一捻りで潰せてしまいそうだった。
 これがまっさら丘のゴーレムなのだろうか。のっぺりとした鉄の鎧を着込んだ体躯は、月の光を受けて灰色に輝いていた。
 ゴーレムはゆっくりとわたしを見る。
 ――キュイ、キュイイ。目の動かしながらゴーレムは囀る。
 そうして、ゴーレムはこっちに近付いて来る。
 ――ぎ、ずしん。ぎ、ずしん――。
 ゴーレムは壊れているのだろうか、それとも?
 ――ぎ、ずしん。ぎ、ずしん――。
 わたしはここでしんでしまうのだろうか。
 ――ぎ、ぎ、ぎぎぎぎぎ――。
 ゴーレムの手がわたしに近付く。

『ここは危険です。お立ち去りください。』

「――そんな」
 ゴーレムは壊れていなかった。
 お婆ちゃんが言っていた。ゴーレムには守るべき三つの基本的な約束事があるのだという。
 一つ、人間に対する危険を見逃したり、自ら危害を与えることはしてはならない。
 二つ、一つ目に反しない範囲で人間の言うことを聞かなくてはならない。
 三つ、一つ目と二つ目に反しない範囲で自分の身は自分で守らなければならない。
 この三つの原則を守れなくなったゴーレムのことを『壊れたゴーレム』と呼ぶのだ。このゴーレムは壊れていなかった。ゴーレムは守っていたのだ、この土地を。この土地に足を踏み入れてしんでしまうような人間が現れないように、人とこの土地を守っていたのだ。
「どうしよ、壊れてなかった。『しねなくなった』」
 わたしは、ゴーレムに期待していたのだ。わたしを殺してくれることを。
 生きているのがつらい。一人で生きて行くのはあまりに難しい。だけど、自分でしぬのは怖い。だったら、殺してくれるモノを探せばいいんじゃないか。そう思ったのだ。
『大丈夫でしょうか? コロニーまでお送りいたします。』
 そう言って、ゴーレムはわたしを抱えあげた。
 ――ぎ、ずしん。ぎ、ずしん――。
 ――ぎ、ぎぎぎ。ずしん、ぎ、ずしん――。
 ――ぎ、ぎ、ぎぎぎぎぎ――。
 村まで響いていた音が、今はもの凄く近くにある。
 ゆうくれ森を抜け、やがて村に到着する。とても長く感じた道だったが、ゴーレムの足だとそれほど時間がかからなかった。
 村に辿り着く。誰もいない、しに満たされたわたしの生まれた村だ。
『ここの住民は、どこに?』
「みんな、しんだよ」
 わたしは、ゴーレムの瞳を見つめて言う。
「繊細なガラス細工が得意な小物屋のお兄さんも、綺麗な織物を作る村一番の美人さんも、同い年の男の子も女の子も、隣のお婆さんも――そしてお母さんも」
 みんな、みんなしんでしまった。
『あなたはヒトリなのですね』
「ねぇ、殺してよ。わたしを殺してよ。みんなのところにいかせてよっ!」
 それは、彼にとって到底守れない願いだった。けれど、わたしはその思いを吐露する。
『その命令には従えません。人間に危害を加えることは禁じられています。』
「そっか……そうだよね……」
 そう言って、私はゴーレムの腕から降りる。
「じゃ、お別れだね。さっさと自分の居場所にお帰り……」
『……』
 しかし、ゴーレムは動かない。
 ゴーレムはジィっと村を見回し、そして私を見る。
 そうか、このゴーレムが守っていたのは、この村の人たちだったんだ。ここに人がいるから、この村の人たちがあのまっさら丘に足を踏み入れないように見守ってくれていたんだ。
 だけど、この村の人たちはあのまっさら丘とは別の理由でみんな死んでしまった。流行り病という、ゴーレムが計算できなかった災害によって。
『また、人間に危険が及ぶことを、看過してはなりません。』
 ゴーレムはキュイキュイと鳴きながら、その瞳でわたしを見つめる。
 そして、わたしを再び抱えあげた。
「ちょっと、あの、どこに――っ」
『あなたが生きていける場所を探します。この土地でのあなたの生存確率は限りなく低いと計算されます。』
「ま、まってっ!」
『ハイ、了解しました。』
 もう一度、わたしが生まれ、育った村を目に映す。
「あなた、お名前は?」
『私の系番はA-2114――愛称、アシモフです』
 そうして、私たちは旅に出る。私はきっとこの先色々な物を見聞きするだろう。けれど、それを語るには少しばかり時間が足りない。
 しかし、これだけは断言しよう。その始まりは辛いモノでも、見聞きしたモノが悲しいモノでも、彼が、ゴーレム・アシモフが探す結末は、決して悪いモノではなかったと。

 ――ぎ、ずしん。ぎ、ずしん――。
 ――ぎ、ぎぎぎ。ずしん、ぎ、ずしん――。
 ――ぎ、ぎ、ぎぎぎぎぎ――。
 ゴーレムの動く音が、世界に響く。
作品名:ゴーレムが守るモノ 作家名:最中の中