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如意牛バクティ

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 マヌーのほうでも遠目に見てウパティッサの聡明さと激しいタパスをとうに知っていたので、合掌を返すと、ふたりは親しみあり品格ある言葉で話をした。
 「アスラダッタ派がまだ残っておるとは、知らなんだわい」
 「師と四人の仲間とで山に篭っております。しかし…」
 (アンギラーサジーのようなタパスを持つ者はおりませぬ)
 と言おうと思ったが、おべっかのように聞こえるかもしれぬと思いやめた。
 「伝統を守って苦行するばかりで、人の役にたつようなものではありませぬ」
 「いやいや、結構なこと」
 マヌーは朗らかに笑うのだが、ウパティッサは目のあたりにした伝説の聖仙のタパスに戦慄せんばかりだった。
 (なんと激しく豊かな流れだろう!)
 それはウパティッサに目前を流れるガンゴ河と一体になって感ぜられた。
 「アンギラーサジーも、タパス祭りに?」
 ウパティッサはふと気づいて聞いてみた。
 「いいや、この子の付き添いじゃよ」
 ウパティッサは安堵した。このような恐るべき聖仙とタパスを比べるなどごめんこうむりたいと思った。
 やがてウパティッサは、カルナがマヌーをじっと眺めていることに--カルナがマヌーを慕う気持ちに--気づいて、
 「では私はこれで。明日お会いしましょう」
 と言うとふたりに合掌して去っていった。
 「あ、そっか」
 カルナはようやく気づいた。
 「明日、ウパティッサジーとタパスを比べるのか。うーん」
 カルナは改めて去っていくウパティッサの後姿を眺めながら、困ったというふうに言った。果たしてあの誇り高き鷹のようなタパスに勝てるだろうか? 
 「ほほ、あれはたいへんなタパスじゃな。楽しみになってきたの」
 マヌーがカルナの頭をなでてやると、カルナは困り顔をやめてにっこり笑った。
 「うん、ウパティッサジーのタパスが燃えるのを、見てみたい!」
 と言って、ウパティッサからもらったチャイのおいしさや、ダスーの話をしたことなど、マヌーに嬉々として聞かせたのだったが、ウパティッサが言っていたバクティの牛黄の話をしたとき、マヌーの顔色が変わったことを、カルナは興奮のあまり気にもとめなかった。
 (ダスーはどこまで見通しているのやら…)
 マヌーは嘆じたが、これからどのようなことが起こるのか、この聖仙の洞察をもっても皆目わからなかった。

 さてその頃ところかわってヴィダルバ--バラタスタン亜大陸中央部、ダクシナ高原東部のヴィダルバ藩王国の首府--にあるヴィダルバ・アーシュラムでの出来事を歌うときが来た。
 アーシュラムは複合的な社会福祉施設で、寺院であり孤児院であり老人ホームでありヨーガ道場でもある。だから住んでいるのは身寄りのない老若男女と、ヨーガの修養をしながらアーシュラムの運営、儀式を行う僧侶だ。当然、食事などの費用は巡礼者の布施でまかなわれる。このようなアーシュラムはバラタスタンの大きな街には--パトナガルやバルラスウルスの首都インドラプラスタにも--必ずあって、バラタびとにはバラタスタンの英知の結晶と認識され、毎日街の人々や各地からの巡礼者が喜捨をしに訪れる。
 太陽が西の山脈にかかるころ、こうした客も去り、夕陽に照らされた石造りのアーシュラムをひときわ忙しそうに走り回る、青黒い肌の女の子がいた。両手に持った籐かごに人参や茄子やほうれん草などの野菜を満載し、いかにも楽しいというふうに駆けている。
 広場で集まって即興の歌を歌っていた数人の婦人たち--夫に先立たれ、身寄りのない寡婦たちに違いない--の脇を駆けていく。
 「ダマヤンちゃん、今夜はなんだい?」
 婦人が声をかける。
 「チャナマサラ(ひよこ豆のカレー)よ! 野菜たーっぷりの!」
 女の子、ダマヤンは元気よく答えて、走り去った。首からかけた丸く紅い石のペンダント--正面から見た牝牛の頭の紋章が描かれていた--と、頭頂でひとつに束ねて三つ編みにした長い髪が、首の後ろにたなびいていた。
 「ダマヤンちゃんはどんどんきれいになってくねえ」
 「おてんばは変わらないけど」
 「もうどのくらいになるかしら?」
 「この間十三歳のお祝いをしたじゃない。たしかここに来たのが十歳のときだったから、もう丸三年よ。テミルから来たって聞いたけど」
 「そうそう、初めのころはふさぎ込んでばかりで、ああ、かわいそうだったわ」
 「無理もないでしょ。お父さんもお母さんも、いっぺんに亡くしちゃったんだから」
 「結局、ふたりとも黒死病だったんでしょ?」
 「ああ、白いやつらが連れてきたヤクシャ(悪魔の意)さ」
 「でも、あんなに元気にきれいになって、ほんとよかったわねえ」
 「優しくって素直で、いい子だよ。料理も上手だし!」
 「ああ、このアーシュラムでダマヤンちゃんを嫌いな人間なんて、ひとりもいやしないよ」
 「ほんとほんと!」
 婦人たちは声を合わせてうなづきあった。
 今度は子供たちがやってきてダマヤンと一緒に駆ける。
 「ダマヤン姉ちゃん、今夜なに?」
 「チャナマサラ!」
 ダマヤンは舌をぺろりとなめずって、子供たちにそのおいしさを想像させた。
 「やった! ダマヤン姉ちゃんのチャナマサラ大好き!」
 「ふふ、待っててね!」
 ダマヤンはにっこりと笑って言った。なんとも愛くるしく、慈愛に満ちた笑顔である。
 「ダマヤン姉ちゃん大好き!」
 子供たちは声を揃えてそう言い、手を振って駆けていくダマヤンの後ろ姿を見送った。
 そんなふうにしてダマヤンはアーシュラムの厨房に駆け込み、大人たちと一緒にカレーを作り始めた。見れば、
 「シャムカールジー、この茄子を刻んでもらえますか」
 「ローティジー、ご飯をかき混ぜておいてくださいね」
 などと、大人たちに指示を出している。どうやらこの少女はアーシュラムの料理長を任せられているらしい。
 そこへ黄色い袈裟を着た、禿げ上がり髭の真っ白な老人がやってきた。
 「ダマヤンや、今日はチャナマサラかね」
 ダマヤンは振り向いて老人に合掌した。
 「マハー・ババジー、こんばんは。はい、チャナマサラです」
 マハー・ババジー(大和尚さん)などと呼ばれるこの老人はこのアーシュラムの長に違いない。
 「楽しみじゃのう。じゃが豆はやわらかく煮ておくれよ。昨日最後の歯が抜けてしもうたでな」
 マハー・ババが自嘲して笑うと、ダマヤンもぷっと吹き出して、
 「はい、わかりました」
 ともう一度合掌した。
 (ほんにええ子じゃのう、ダマヤンは)
 マハー・ババは顔をほころばせながら、自室に歩いていった。
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu