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如意牛バクティ

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 カルナにはこの男のタパスは雪山の王者、鷹のそれと同等に感ぜられた。
 「私はサーリー村のウパティッサです」
 「おいらカルナ。雪山から来たんだ」
 ふたりは合掌しあった。
 (この幼さで雪山で修行とはな。なるほど)
 その青年、ウパティッサは了解した。カルナのタパスの秘密の一端について。
 それからウパティッサはこのように言った。
 「友よ。君のもろもろの器官は清く澄み、タパスは自然に賛同して燃えさかること太陽さながらである。君はだれを仰いで出家したのですか? 君の師はだれですか? 君はだれの教えを奉じているのですか?」
 カルナは一瞬きょとんとしてしまったが、すぐにウパティッサのタパスを観察することで了解して答えた。
 「鷹ちゃんみたいなウパティッサジー、おいらのお師匠さまはダスージーだよ。雪山で一緒に暮らしてたのさ」
 「なんと!」
 ウパティッサは身じろぎして驚いた。それもそのはず、雪山に消えた聖タタガット・ダスーに弟子がいるなど聞いたこともないし、それが目の前にいる幼い子供だなどと、にわかには信じがたい。
 (しかし…)
 ウパティッサはカルナのタパスを改めて観察する。
 (そういうことなら、さもあろう)
 ウパティッサは、カルナのタパスの中に、伝説でしか知らぬ聖タタガット・ダスージーの不屈のタパスを確かに見たと感じた。そこでウパティッサはこう言った。
 「ではタタガット・ダスージーは君になにを教えたのですか? 最も肝要なこととしては君になにを説いたのですか?」
 「うーん、いろいろ教えてくれたけど、簡単に言うなら…」
 ウパティッサはかぶせるように言った。
 「簡単に言ってください。私は最も単純な真理だけを求めるのです。多く述べたてたって、なんになりましょう」
 「うんとね…」
 カルナは思い出していた。ダスーが別れる間際、言ってくれたことを。ダスーのタパスの熱を。雪山の光と、水の音を。
 「ここには自然以外のものはない。だからおのれの力のすべてを燃やすのだ」
 カルナはほとんど意識することなく口からこの言葉が出てきた。すると、ウパティッサはほとんど意識することなく口を開いて、そこからこのような言葉が出てきた。
 「もろもろの事象もあまねくひとつの自然である。私にできるのはおのれの力のすべてを燃やすことだけだ」
 それからウパティッサは感歎に浸っていたいがためにしばらく動くことができなかった。


如意牛バクティ 第六回 ダマヤン紅い石を握るのこと

 そういうわけでカルナとウパティッサはすっかり意気投合してしまうと、ウパティッサが屋台で喜捨してもらったチャイをふたりで飲みながら、なおも語りあった。カルナはマヌーと一緒に来たことも話した。これにもウパティッサはさらに驚いたのだが。
 「私はね」ウパティッサは自らについてカルナに語ることにした。「アスラダッタ派の比丘(ビックbikku.出家者の意)なんだ」
 「アスラダッタ?」
 「知らぬか。無理もないな」
 もとよりカルナの理解を超えていた。孔雀王の在位からさらに二百年前にさかのぼる話だ。苦しみの原因を辿る道を発見したアンギラス・コーリヤの従弟にして弟子だったアスラダッタが、厳格な伝統的な戒律や苦行を重んじなかった師に反逆して教団を分裂させた。これがアスラダッタ派だが、バラタスタンの宗教家ですらとうに消滅したと認識しているくらいだから、バラタスタンの思想史など微塵も知らぬカルナにアスラダッタ派のなんたるかを理解させるのは、ほとんど不可能だ。だいたいカルナはチャイの素晴らしい甘さに夢中だった!
 「まあいい。とにかく私は正しい生き方というものを探している。それは真理を見ることで導けるはずだ。いま私はタタガット・ダスージーの教えによって、この世に存在するのは自然のみであることを知った。つまり真理は自然のなかに存在する。さて私は自然をよく見ることにしよう。山を、樹木を、河を、また人々と、おのれのタパスとを。しかしカルナくん、私にはなお疑問がある。私は自分の力を燃やすすべをなお知らぬ。いまの師に満足できず苦行を繰り返すことに疑問を抱き、おのれの力を知り真理をちらっとでも見ようとこのタパス祭りに来たが、これは自然にとって、私にとってそもそもなにか」
 どうやらウパティッサは思推に陥ることで才能を無駄にしてしまうところがあるらしい。あるいは議論に執着していたというアスラダッタの影響であろうか。カルナはといえば、野生の感覚をいまだ失ってはいない。
 「おいらはバクティに会うんだ。そうだ、ウパティッサジーは会ったことない? 会ったことがあるって人知らない?」
 「バクティ? 如意牛バクティだな? いや私は会ったこともないし、会ったという人も聞かぬ。神話時代に神の怒りに触れ大洪水で滅んだディルムン帝国が飼っていた牛、か。ヨーガを極め真理を知った者だけが会い、どんな願いも意のままに叶えてもらえる神牛というが」
 ウパティッサとカルナは顔を見合わせて微笑んだ。
 「なるほど、カルナくんはバクティに会うためにおのれのすべてを燃やすか。それなら私にもできそうだ。どれ、私もバクティを探してみるか」
 ウパティッサはカルナが心に描くものを受け取ることができた。伝説にいうバクティの実在を信じたわけではなかったが、ヨーガするに際してカルナが抱くところのバクティの如き対象に集中すれば素晴らしいだろうと思ったし、カルナの無邪気な笑顔を見ていると、自分の求めるものを得るにはこの方法以外にないかもしれないとまで思えてきた。そして次のようなことを思い出した。
 「そうだ、バクティの牛黄を持つ者がテミル(バラタスタン亜大陸南端部)にいるという話を聞いたことがある」
 「牛黄?」
 いわんやカルナの知らぬ言葉であった。
 「牛の胆石のことだ。牛の体の中にできる石だよ」
 「へえ! じゃあ、バクティの子供みたいなもん?」
 「まあ、そんなところか。なんでもその牛黄でバクティを呼び出せるというんだが、しかしこういう噂は俗世の常だからな。正しい修行者が耳を貸すものではないが」
 「ふーん、でももし本当なら、その人にその石を貸してもらえれば、バクティに会えるのにね」
 「本当ならな」
 「じゃあおいらはタパス祭りが終わったらそのテミルってところに行ってみる!」
 カルナは無性にわくわくしてきた。疑うことを知らぬのか、なにかを確信したのか、ウパティッサにはわからなかった。
 「ふふ、まあ探してみるが良い」
 このようなありさまでウパティッサがカルナの奔放なタパスにすっかり魅了されていると、突然彼のタパスをいかずちのように駆け抜けるものがあった。熊か虎かとウパティッサがいぶかしんで振り向けば、老いた遍歴行者がひとり立っているのみであった。しかしながらウパティッサにはすぐにそれとわかったので、立ち上がって合掌した。
 「アンギラーサ・マヌージー、私はアスラダッタ派の比丘、ウパティッサです。タパス祭りに出場するためサーリー村から来ました。お目にかかれて光栄です」
 「これはこれは」
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu