如意牛バクティ
と言った。
「きっき、勇ましいの」
プラセナジットは皮肉って、フォート・ビリーの方角へとひとり歩くダマヤンの後に続いていった。
ダマヤンがプラセナジットに言ったことは、負け惜しみにすぎぬかもしれない。しかしダマヤンは、これによって自分の心に勇気を与えることができたのだった。
その頃アンギラーサ・マヌーは、シンドゥ河の河岸に座っていて、ウパティッサのタパスの火を探して、マナス・シッディを発現していた。
(やつのタパスがこうも見つからんとは…妙じゃな)
熊のように力強く鷹のように誇り高いウパティッサのタパスを知るマヌーには、それは遠く離れていようともたやすく見つけられるはずだった。それが今日に限って見つからぬ。
(フォート・ビリーでなにかあったか)
とマヌーがいぶかしんでいると、鷹が空から急降下してうさぎを捕らえるかのように、なにかがマヌーの頭の上に降ってきた。
(マヌージー)
紛れもなくウパティッサのマナスであった。ウパティッサはスジャータの家で乳粥を食べて、少しタパスの力を回復すると、すぐにマヌーのタパスを探したのだった。
(なんじゃ、探したぞい)
(私のかつての師、アスラダッタ派の首領であるプラセナジットと戦い、私は敗れました。彼と弟子たちはアレックス・カニンガム卿と手を結び、バラタの聖仙となることを望んでいます。あの男ならばカルナを倒したとしてもうなづけます)
(ほう、なるほどな)
知性雪山のように高きアンギラーサ・マヌーは、ことの次第をすぐに了解した。
(おぬし、タパスがだいぶ弱っておるの。傷を負ったか)
(はい。しばらく動けませぬ…私のことより、マヌージー、ディルムンの首都の場所の手がかりがつかめました。フォート・ビリーで、古い粘土板を見たのです)
ウパティッサの用件はこれであった。
(なんじゃと?)
(ディルムンの首都は大河のほとりにあり、大洪水で滅んだ。この古くからの伝承は正しかった。しかし大洪水とは、大河の水を如意牛の…バクティではなくてもう一頭の如意牛の…力で干上がらせることで生まれたものだったのです)
(ディルムンの首都はいまは干上がった河のそばっちゅうことか)
(ハラフワティーという名の河の、上流にあったというのです)
(なるほどな。シンドゥ河をいくら探しても無駄じゃったか。干上がった河…上空から見れば、かつての河の流れの名残がわかるじゃろうな。ヴァーユ・シッディで探してみよう)
(如意牛に願いを叶えさせるディルムン王の玉座が、そこにあるはずです。アレックスもハラフワティー河を探しています。お急ぎを)
(わかっとるわい。おぬしははよう傷を癒せ)
マヌーは遠いアンガのウパティッサに安らぎの息吹を吹きかけ、空に飛び立った。
マヌーはハラフワティー河を見つけることができるだろうか。いずれにせよ、ウパティッサとマヌーの不屈のタパスが、ディルムンの、如意牛の秘密を、あと一歩のところまで突き止めようとしていることは確かである。
フォート・ビリーに戻ったダマヤンは、地下牢ではなくて、アレックスによって--ウパティッサの一撃は、彼をいっとき気絶させたにすぎなかったようだ。彼は傲慢さも冷徹さもまったく変わりがない様子だった--彼の居室の隣の、広い部屋に入れられた。バクティの牛黄は、アレックスに取り上げられた。大きな窓や浴室、天蓋つきの寝台もあり、藩王の姫君の部屋のようでもあったので、地下牢よりは快適な生活ができようものだが、ダマヤンにとっては閉じ込められている以上、居心地になんら変わりはなかった。変わったこともあった。ウパティッサが与えてくれた勇気によって、囚われの身の自分を悲しむことはなくなり、カルナと再び手を取って踊ることを、信じて疑わなくなったこと。ダマヤンは冬が去り、春が訪れるのを待つ、穴の中の熊のようだった。
アレックス・カニンガムは、ダマヤンの部屋の警備を強固にするとともに、プラセナジットらアスラダッタ派のヨーギンたちに、干上がったハラフワティー河の探索を依頼した。アレックスの居室でのことだった。
「アルビオンの機械も、壊れてしまえばただの鉄くずじゃな」
プラセナジットがアレックスに言ったのは、皮肉の言葉だ。いまだ修理中で、ヴィンランドからのヘリウムガスが届くのを待っている飛行船のことを言っている。じつのところ、アレックスはハラフワティー河を探すために、空から河床のあとを見つけるために、飛行船を建造させたのだろう。
「生き物も死んでしまえば土くれだ。タパスも大気に散ってしまおう? 同じことだよ」
アレックスがにやりと笑って答えた。プラセナジットたちがシッディで空を飛んで探すのも、飛行船で探すのも、同じことだと言いたいらしい。
「きっき、おぬし、やはりヨーガをわかっておるの、その通りじゃよ…河が見つかればディルムンの古都は見つかったも同然。まあわしらに任せて、おぬしはあの虎のような娘がまた逃げ出さんよう、見張っておれ」
「それがそうもいかなくなった。総督がうるさくてね」
ところでウィリアム総督もまた、意識を取り戻したあとも、その傲慢さと肥満にいっさいの変わりはなかった!
「なんの話じゃ?」
「カリンガだよ。チャビリーが近隣国を説いて、わが社への非協力を取りつけた。如意牛を守れ、などというスローガンを掲げてね…反乱だよ。このままではバラタスタン全土に飛び火して、わが社のバラタスタン経営は破綻する。早急にカリンガを攻めつぶさねばならんわけだ。そのために、あの娘と如意牛の牛黄を使いたいそうだ」
「おとりか…しかし、総督の言い成りになるようなおぬしではあるまい? はねつければよかろう」
「いいや、チャビリーは如意牛を狙っている。私の首を狙っている。我らがディルムンの古都を見つけてそこへ行けば、必ずあとを追ってくる。あの牝虎を始末する良い機会だからな、私も従軍することにしたよ」
「さようか…チャビリーの首はわしがとるつもりじゃったがな、まあよい。とにかくディルムンの古都が見つからなければ、始まらぬからな」
「そういうことだ、聖仙どの」
アレックスは合掌した。他のアルビオン人は決して行わないことだ。バラタびとへ敬意をそそぐことなど、考えもしないのだから。もっとも、アレックスの合掌にも、どんな種類の敬意も込められてはいないことは、ヨーギンであるプラセナジットに見抜けないはずがなかった。
(飢えたハイエナめ…最後に如意牛を手に入れるのは誰かな?)
プラセナジットはひっひ、と笑い、アレックスの部屋の窓を開けると、弟子たちとともに空へ飛び立った。
アンギラーサ・マヌーとプラセナジットたちアスラダッタ派、ディルムンを滅ぼした大洪水によって干上がったハラフワティー河を発見するのは、はたしてどちらが先なのか。
如意牛バクティ 第二十五回
さてそのときカルナはカリンガ城内の馬場にいた。馬に乗っていたのではなくて、一頭の仔馬と競争をして遊んでいたのだった。
「ちょうちょう!」
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu