如意牛バクティ
「やはりきさまか、ウパティッサ」プラセナジットはにやりとうすら笑いを浮かべて言った。「たわけが。勝手にわしのもとを去っておきながら、まだわしを師と呼ぶか。きさまのような恩知らずは、弟子でもなんでもないわい」
ウパティッサとしてはそんなことよりも、彼らがここにいることの謎を解き明かしたかった。
「あなたほどの優れたヨーギンが、いったいなにゆえアルビオン人の手先になど!?」
ウパティッサの詰問に、プラセナジットは高笑いで答えた。
「ウパティッサよ、思推せよ。アルビオン人どもがバラタスタンのすべてを征服する日は遠くはない。そうすればなにが起こるか、おぬしならわかるじゃろう? バラタの伝統は終わりだ。アルビオン人どもはバラタのヨーガ、哲学、神話、文芸、音楽、習俗…すべてを滅ぼすじゃろう。少なくとも、東バラタ会社の総督はそのつもりじゃな。じゃがあのアレックスという考古学者は違うぞ。バラタの文化に理解がある。ヨーガに敬意を持っておる。わけてもわしらアスラダッタ派の優れた哲学とヨーガに、な。あの男とわしが手を組めば、バルラスウルスを滅ぼし、東バラタ会社をも追放し、新たなバラタ王国を作ることができる。二千年ものあいだ弾圧され、蔑まれ、忘れ去られた我がアスラダッタ派が、日の光を浴びるときがついに来たのじゃよ。タタガット・ダスーやアンギラーサ・マヌーなんぞという堕落者を聖仙よと崇める、愚劣なバラタの民衆を、わしが真の聖仙として導いてやるのじゃよ。如意牛の力と、あのアルビオンの若憎の野心を、ちょいと使ってな」
常に冷徹なウパティッサが、愕然とした顔になってしまった。師と仰いでいたこの老仙がこのような野心にとりつかれてしまったことに。
(もともと慢心と報復心の強い方ではあった。だがここまで…愚かな男だったとは!)
心のうちに歎ずると、プラセナジットを見据えて、心を整え、次のことを言った。
「かつて私はあなたの優れたシッディを尊敬していた。それというのも、私の目はくもっていて、ただシッディの力しか見えなかったからだ。しかしいまの私には見える。あなたのタパスが、自然への賛同を薪とし美しく燃えて人や自然に力を与えるものではなく、ただ自然と人々への憎悪を燃料に燃えて、自然や人々を毒するおぞましいものだということを。あなたのタパスは弱々しくはかないろうそくの火のようだ。あなたの燃やすうつろな憎悪の火は自然を照らし出さない。人々の心を照らさない。ゆえにあなたの、人々に聖仙と呼ばれ慕われようという望みは叶えられない。如意牛の力をもってしても」
と。これを聞いてプラセナジット激昂し、
「ゆうたな、小僧!」
と声を上げて手を合わせて脇に置き戦いの構えをとったので、ウパティッサも応じて腕を前に出して構えた。プラセナジットこれを見て、
「ほっ、師に反逆するか。修行者の正しい道は、どこへいったのかの」
と言った。なんとも見え透いた謀略であるが、ウパティッサのような愚直な男には効果があった。ウパティッサがはっとしてためらったとき、プラセナジットと取り巻く四人の門人たちは一斉に息を吐き、ドンッと光線を放った。ウパティッサはとっさに腕を交叉させ身を丸くして防いだが、光線に焼かれ、体から煙を上げ、きりもみしながら落下していった。
「生きてます、追いましょう」
プラセナジットの弟子のひとりが、眼下に落ちていくウパティッサを見ながら言ったが、プラセナジットは笑って、
「捨てておけ。あのような腑抜けはわしの敵ではない。あの娘と石が先だ」
と言うと、弟子たちを引き連れて、森へと飛び立った。
ウパティッサは全身を焼けただらせて、煙を噴き、空中を落下しながら、遠のく意識で、次のように考えていた。
(カルナ、すまない。私にはダマヤンどのを守れなかった。だが君ならできる。太陽の中に身を置く君であれば、あの君と同じように紅炎を上げて燃えさかる美しいタパスと手を取ってひとつになり、自然と人々に陽光をそそぐことが。私にそのありさまを見せてくれ…)
と。カリンガ城の庭で、ひとりのチャビリーガールのかたわらにいたカルナが、誰かの声を聞いたように思い、北東のアンガの方向を振り向いたのは、そのときのことだった。
如意牛バクティ 第二十二回 カルナ我執を払って空を舞いウパティッサ乳粥の供養を受けるのこと
カルナが空を見上げてぼんやりしているので、チャビリーガールズのひとりが怪しんで、
「カルナ、どうしたの?」
と尋ねた。カルナはそのチャビリーガールを振り向いて、
「いま誰かがおいらに話し掛けたんだよ、パドマーヴァティジー」
と言った。この海のように美しい青黒い肌の、美貌のチャビリーガールはパドマーヴァティと言う名らしい。
「誰が?」
「あれは…ウパティッサジーだ」
カルナはわずかに耳に触れたタパスの温度を味わいなおして、そう悟った。
「あのパトナガルにいたヨーギンかい? なんて?」
「よく聞こえなかった。ウパティッサジーのタパスの火が弱くなってた…」
「ふうん…」
パドマーヴァティは心配そうなカルナを見て、ウパティッサというヨーギンになにがしかの事件が起きたことを悟ったが、自分たちにはどうにもならないことだとも思った。
「まあ、あのヨーギンなら自分の力でなんとかするでしょ」
パドマーヴァティに言われて、カルナはウパティッサの誇り高く燃える不屈のタパスを思い起こすと、
「うん、そうだけどさ」
と一応賛同した。長身のパドマーヴァティはカルナを見下ろし、腰に手を当てると、
「それよりあんた、陛下に言われたことを忘れたのかい? 戦の準備であたしも忙しいんだ、あんたに構ってばっかりもいられないんだからね、さっさと覚えておくれよ。こつさえ飲み込めば、あんたならすぐ飛べるはずなんだから」
と説教するように言った。要するに彼女はチャビリーの命で、カルナにヴァーユ・シッディを教えているらしい。タタガット・ダスーがカルナにこれを教えなかったのは、なにか理由もあるのだろう。いまだ未熟な少年が、自らの足で大地を踏むことの価値を忘れてしまうのを恐れたのだろうか。そんなところに違いないが、いまのカルナならばその心配はないだろう。
それはそうと、パドマーヴァティが言ったように、カリンガ城は戦争に備えてあわただしかった。パドマーヴァティを除いたチャビリーガールズとカリンガの民衆は、老朽化した城壁の補修と、堀の土砂を除く作業にかかりきりだったし、チャビリーはといえば、城内にはいなくて、近隣国へと出向いていた。それは援軍の要請ではなくて、東バラタ会社による徴税と法務執行の拒否と、綿製品などアルビオン製品の不買同盟を求めるためだ。
しかしカルナはこうした政治情勢よりも、ヴァーユ・シッディで空を飛ぶことへの憧れに心をときめかせていた。
「うん! パドマーヴァティジー、教えてけろ!」
とはつらつと笑った。そこでパドマーヴァティは、
「じゃあ、続けるよ。あたしのタパスをよく見てな」
と言って、つま先で地をトン、と蹴って、カルナの頭上の辺りまで浮遊した。
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu