如意牛バクティ
と思ったダマヤンが突破口を求めて辺りを見回したとき、ダマヤンが右手にピストルを構えているのを見たひとりの兵が、彼女がどういう存在かを知らなかったために、エンフィールド銃をバンッと発砲した。この狙撃精度の極めて高い最新鋭のライフル銃の弾丸であるから、ダマヤンの背中をめがけてまっすぐに飛んでいった。ダマヤンが驚くべき感性でこの弾丸に気づき、後ろを振り向いたそのとき、目の前の空気からにじみ出るようにひとりの白い腰巻を巻いた、栗色の巻いた髪の毛の男が現れた。
「あっ!」
とダマヤンが声を上げたとき、取り巻く兵たちが見ていると、その男が右手を前に差し出して、
「フンッ!」
と息を力強く吐き出した。衝撃波がダマヤンや兵たちに吹きつけ、弾丸が男のてのひらの前で静止し、地にぽとりと落ちた!
あっけにとられる兵たちがこの男を見れば、肌は雪のように白く、眼は鷹のように輝き、佇まいは風のない森のように静寂である。これぞ才知常のヨーギンに抜きん出るウパティッサその人。ダマヤンを振り向いて静かに笑った。
「あなたは、パトナガルにいた人!」
ダマヤンはこの輝く眼から英邁さがほとばしるようなヨーギンを覚えていた。カルナが彼について言っていた。確か鷹のように誇り高いタパスを持つ…
「私はウパティッサ。カルナくんの友だ。ダマヤンどの、助太刀いたす」
ウパティッサが優しい声で言うので、ダマヤンは一瞬顔をぱっと明るくした。ダマヤンはウパティッサのタパスの優しい光を浴びたので。しかしすぐにまた悲壮な顔に戻って、
「カルナが、カルナが! 早く、助けに行かないと!」
ウパティッサの手をとって訴えた。そこでウパティッサはダマヤンのタパスをそっと覗いて、
(なるほど、カルナを救わんという一心でこんな無茶をしたわけか。ああ、この娘のタパスはなんと激しく燃えて美しいのだろう)
とその太陽のようなまぶしい光に眼を細めると、
「カルナくんは無事だ。カリンガで元気にしているよ。彼こそあなたのことを想っている。さあ、ここを去ろう」
と慈しみある声で言った。これを聞いてダマヤンが希望に顔を輝かせたとき、ことの次第を悟った兵たちが一斉にエンフィールド銃やピストルを発砲して、バババババンッという音が轟いた。四方からの一斉射撃だ。ウパティッサは素早くダマヤンの体を右腕に抱くと、
「ハッ!」
と強烈に息を吐いて左腕を空に突き上げた。とたんにウパティッサの体から円形に閃光と衝撃波が放たれ、四方から襲う弾丸に衝突すると、それを弾き飛ばしてしまい、衝撃波は兵士たちにも叩きつけられて、彼らを七転八倒させてしまった!
「馬鹿な!」
と驚く兵たちを顧みることもなく、ウパティッサはそのままダマヤンを腕に抱いて宙に舞い上がると、西のかたへと飛び去ってしまった。
フォート・ビリーから西へと数由旬離れた菩提樹の下で、ウパティッサとダマヤンが向かい合っていた。ウパティッサはここまで飛翔して降り立ったのだろう。
「これはあなたのものだ。受け取りたまえ」
ウパティッサは右手を開いてダマヤンに差し出した。ウパティッサのてのひらに、バクティの牛黄が置かれていた。
ダマヤンは躊躇した。これを持っていれば必ずまた誰かに追われることがわかっていたので。
「気持ちは察するよ、ダマヤンどの。しかし、これはあなた以外の人が持つものではない。あなたのタパスの力をもってすれば、この石の重みに耐えられるだろう。カルナくんと一緒なら、なおさらだ」
ウパティッサはこの知性と慈しみに満ちた言葉を言ったので、ダマヤンはバクティの牛黄を手にとって、首からかけた。
「はい、カルナと約束しました。ふたりでバクティに願いを言うと」
ウパティッサの眼を見て強く言う。ウパティッサにはその願いがどんなものか尋ねる必要はなかった。この言葉を言ったダマヤンの顔が、花が開くように輝いていったので。
「カリンガまで送ろう。カルナくんが待っている」
ウパティッサは笑ってそう言ったが、と同時に、空に光る五つの流れ星のようなものを見て、眉をひそめた。
(ヴァーユ・シッディ…カルナを倒したというヨーギンどもに違いない)
すぐさまそう悟ると、
「ダマヤンどの、森に入って身を隠していなさい。追手がかかった」
と言って再び空に舞い上がっていった。
「ウパティッサジー!」
ダマヤンは危険な予感を感じて思わず叫んだ。ウパティッサ振り向いて、
「私が戻らなければひとりでカリンガへ逃げなさい。挫けてはいけない。あなたのような強いタパスをもってすれば、どんなことでも成し遂げられるのだから。しかしもし再び囚われてしまったなら、身を慎んで耐え忍ぶのだ。あなたを連れ去るために必ずカルナくんが現れるのだから」
と言うと、親指を突き上げ、微笑んで別れを告げた。ダマヤンは飛び去るウパティッサに合掌すると、西のかたにある森に向かって駆け出した。
ウパティッサが雲を貫いてその上空に飛び出したとき、前方の五つの光から同時に光線が発せられた。
(クリヤー・シッディ!?)
ウパティッサは身をひるがえして光線をかいくぐる。クリヤー・シッディはてのひらなどから光を放つシッディだが、その光は強力なものになればレーザービームのようにあらゆるものを焼き尽くすという。
(できるな…いったいどこの門派だ?)
ウパティッサはこの光線を見て彼らの力量の高さを悟り、心のうち危ぶんだのだが、負けじと自らもてのひらを繰り出しクリヤー・シッディによる光線を放った。五人のヨーギンたちも空を舞い飛びながら次々と光線を放ってきた。
ギューン! ギューン! ギューン!
光線が空気を切り裂く音が矢継ぎ早に空に轟き、ときおり光線が衝突してドオン! という音と、バチバチという激しい火花とを撒き散らした。稲妻と稲妻が戦うようであった。
ウパティッサと五人の謎のヨーギン、空を舞って雲を抜け、光線を放って戦うことしばし、しだいに五人のヨーギンの側からウパティッサとの距離を詰めていく。編隊を組み、イルカが獲物を追い込むかのようだった。
(五対一では分が悪い)
ウパティッサは焦りを感じはじめたが、もうひとつのことにも気づいた。五つの光の大きさと動きについてだ。
(あのひときわ大きな光が動くと、回りの四つの光がついていく。あの光が首領だな。やつを奇襲して討つほかない)
と悟ると、下方の雲に飛び込み、身を反転させて一気に加速し、ギュウンッと風切り音を上げ上昇した。ウパティッサが雲を突き抜けその大きな光の目の前に飛び出し、至近距離から光線を放とうとしたとき、その首領とおぼしきヨーギンの姿を目にしたときの、彼の驚きは、どれほど大きかったか、ほとんど計り知れない。
「バ…ガヴァン!…おまえたち!」
ウパティッサが目の前の人物を見れば、ほら貝のように編み上げた髪、灰にまみれた体、大蛇のような冷酷な眼の光…いわんやウパティッサのかつての師、プラセナジットその人。周囲に漂うのはかつて数々の苦行をともにした四人の仲間たちである。
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu