小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

如意牛バクティ

INDEX|29ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

 ウパティッサは粘土板の中央部あたりに、丸くて牝牛の顔が描かれた、放射状の線に囲まれた--光を放つ描写だろう--石のようなものと、その石を手にもってなにかの台にかざす人がいるのを見つけた。ウパティッサは自らの手に持ったバクティの牛黄と、粘土板の光を放つような石とを見比べてみる。そっくり同じであった。またバクティの牛黄に描かれた四つの文字と、粘土板の文字とは、同じ種類の文字に違いなかった。
 (やはりこの石は四千年前のものなのか。よくも受け継がれてきたものだ)
 ウパティッサはダマヤンたちの一族の四千年間に想いをはせ、半ば感動した。
 (しかしこの粘土版はいったいなんだ。ディルムンびとが作ったのか? 文字が読めればいいのだが)
 ウパティッサは粘土板の楔形の文字をよく観察してみた。まずバクティの牛黄に書かれた文字と同じ六つの文字が、粘土板の、台に石をかかげる、椅子に座った人物--髪が長くて胸が突き出している。女だ--の部分にあるのを見つけた。何箇所にも牝牛が描かれている--その牝牛はパトナガルで見た如意牛と同じようにオーロラのようなものを噴き出している--が、その部分のいくつかにも同じ文字がある。
 (六文字…バクティ、だな。表音文字だ。B、H、A、K、T、I、か)
 ここではラテン文字に転写して記述する。
 (ん? するとこれは…テミル文字に似ていないか?…BHAKTI、右から左に読むんだ。あった、Cだ。これはDだろう…)
 ウパティッサは楔形文字のひとつひとつをテミルの文字--孔雀王の時代からしばらくして廃れてしまったのだが、ウパティッサは古い粘土書で学んで知っていた--に変換していった。バラタスターニー語を記述するデーヴァナガーリーとは別の系統のテミル文字は、古来出自が不明であったが、ウパティッサは気づいた。テミル文字がディルムン文字の少しく変形したものであることに。
 (そうか、カリンガ以南の人々はディルムンびとの末裔だったのか)
 ウパティッサは結論付けた。カリンガ以南に多く住む、肌が青黒く、かつてテミル文字とテミル語を用い、母系社会を持つ人々は、バラタスタンに古くからいた先住民であろうとは言われてきた。しかし存在自体が伝説だったディルムンと結びつけて語られることは、これまでのバラタびとにはないことだった。
 (すると音韻もテミル語と同じだろうか…)
 ウパティッサは粘土板の文字を右上から左へと読んでみた。
 (女王、如意牛バクティを…なんだ…音が入れ替わっているのか? わからんな…)
 一部はテミル語と同じ音韻だが、多くは違う。ウパティッサは知っているテミル語の詩を思い出し、歌ったりしながら、目の前の文字と絵とをよく観察した。
 (そうか、閉塞音があると母音が…)
 ウパティッサはディルムン文字の規則を把握したようだ。
 (読めるぞ…)
 ウパティッサは歌った。

  女王、如意牛バクティを王都に飼う
  女王、玉座の前の聖台に牛黄をかざしてバクティを呼び、願いのままに使役す
  千年の安息
  やがて庶民我執と貪欲を燃やしてもう一頭の如意牛を作る、人は言う、それドヤーナと
  女王の如意牛バクティとドヤーナ戦うこと七日、バクティついにドヤーナを殺す
  ドヤーナ最後にハラフワティー河の水を持ち上げディルムンの街ことごとく流さる
  干上がったハラフワティー河の上流、荒廃した王都を除いて、バクティに乗った我ら王族を除いて
  いま我らは知る、バクティの牛黄を握りしめて
  自らの力の尊きこと、自然の力の調和の美しさ…

 あとは粘土がくずれていて読めなかった。絵は、この歌を生き生きと表現していた。
 (そういうことか)
 ウパティッサは四千年前に起こったことを目の前にありありと見ることができた。それはアレックスと話してひらめいた光景とほとんど同じだったので。またダマヤンの一族がディルムンの王都からバクティに乗って逃げ、いずこでか知れぬが、この粘土板を作って、この歴史を記録したことも知った。彼らは流れ流れて、テミルに住むようになったのだろう。
 (干上がった河の上流…そこにすべての秘密がある…この男はこのことをとうに知っていたのか。この粘土板を見つけ、調査し、解読したのか。我々バラタびとはなんと無知だったことか)
 ウパティッサは倒れているアレックスを見下ろして、嘆息した。
 そのとき、辺りにサイレンの音がこだました。ウパティッサの耳に、扉の外から、兵士たちが走る足音とともに次のような声が聞こえた。
 「あの娘が逃げた!」
 「看守はなにをしていた!」
 「銃を奪って逃げたんだ!」
 ウパティッサは腹から楽しいような、おかしいような思いが込み上げてきた。幼い少女がフォート・ビリーの牢から銃を奪って逃げた…世の常の少女に真似できる活劇ではない!
 「さすがだな、ディルムン女王、ダマヤンどの。いまあなたのバクティの牛黄をお返しにまいるぞ」
 ウパティッサは痛快な思いとともにバクティの牛黄を右手に握ると、再び三昧に入って姿を消し、扉を開けて駆け出した。


如意牛バクティ 第二十一回 ダマヤン獄を脱しウパティッサ師と戦うのこと

 さて食事を持ってきた守衛兵からピストルを奪い脱走したダマヤンは、廊下の曲がり角の壁に寄りかかり、ピストルを構えて、肩で息をした。曲がり角から左側を覗くと、ふたりの兵がピストルを構えているのが見えた。その後ろに、鉄の扉が閉じられている。この獄舎からの出口に違いない。
 「いたぞ!」
 バン、バン! 顔を引っ込めたダマヤンの目の前を弾丸が飛んでいき、風を切る音が走る。
 (急がないと、追手がどんどん増えちゃう)
 ダマヤンはそう思うと、意を決して曲がり角から飛び出し、ふたりの兵めがけて突進した。驚いた兵たちが発砲し、弾丸がダマヤンの頬をかすめ、ワンピースの裾を貫いた。ダマヤンは銃撃を恐れることなく、素晴らしい脚力で廊下を駆け抜けると、ふたりの兵に接近し、ピストルを二発発砲した。至近距離であったので、ふたりの兵のピストルを持つ手に見事命中した。ダマヤンは痛みに苦悶する兵たちにピストルを突きつけた。
 「私はあなたたちに囚われるいわれはありませんから、この扉を開けて出て行きます。扉を開ける鍵を渡しなさい」
 ほとんど威厳に満ちたこの言葉に心を動かされ、ひとりの兵は思わず腰から鍵束を取り出し、ダマヤンに差し出した。
 「ありがとう」
 ダマヤンは鍵束を受け取って扉の鍵穴に指し、力を入れて重い鉄の扉を開けた。扉の向こうに中庭の光があった。
 (外だ!)
 ダマヤンは駆け出し、中庭に飛び出した。窓もない密室に監禁されていた彼女は日の光を見て反射的にそこへ出てしまったのだが、しかしこれは良い判断ではなかった。たちまち辺りを兵たちに取り囲まれてしまった。
 (しまった!)
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu