如意牛バクティ
と言うと、立ち上がった熊のように腕を構えて力を込めると、ドンッ! と衝撃波を発して体から散乱光を噴き出した。そこでカルナも腕を構え突進すると、プラセナジットと両手を握り合わせた。カルナがチャビリーと行ったのと同じ、力比べの形だ。
「だあああ!」
とカルナが叫べば、
「ぬおおお!」
とプラセナジットが力を込める。たちまち両者のタパスの激烈な衝突が起こり、衝撃波と白い光が撒き散らされ、小石が宙に浮かんでは飛び散り、大地が震撼してゴゴゴゴゴッ! と地鳴りの音が轟いた。
プラセナジットの所業や性分はともかく、このような神々さながらの戦いの一方を演じる以上、そのヨーガの洗練は長い修行ないし苦行に裏付けられた、広いバラタスタンでも屈指の恐るべきものであるのは確実だろう。バラタ一かはともかく、確かに聖仙と呼んでなんら遜色ないものである。しかしながらいまやカルナの怒りは心頭に達し、ダマヤンを救わんという決意にその灼熱のタパスのすべてをそそいでいた。つまりカルナにはどのような種類の疑いも怠りもなかった。
「がー!」
とカルナは獅子のように咆哮すると、体から衝撃波をドオン! ドオン! と立て続けにニ度放ち、プラセナジットと組み合わせた両手から火花を散らしてぐいぐい押し込んだ。プラセナジットの体が反り返り、足が地をえぐってずるずる後退していく。
(こやつは巨人か!?)
プラセナジットはカルナのあまりの剛力とタパスの熱に心のうち危ぶみ、身を地に投げ出すとカルナの腹をどかっと蹴って投げ飛ばした。巴投げである。
プラセナジット、ぜえぜえと声に出して肩を動かした。
(よかろう、認めてやろう、タタガット・ダスー。恐ろしい怪童を育て上げたものじゃ。じゃがこのシッディによってわしは最高の聖仙と呼ばれる。この弟子の次はきさまじゃ)
カルナは息を乱すこともなく、プラセナジットの蹴りも意に介す様子がない。すっくと立ち上がると、プラセナジットには一瞥もくれず、遠く連れ去られようとしているダマヤンを追ってまた駆け出した。
「ダマヤーン!」
(わしを無視するか! 小僧の分際でおごりおって!)
プラセナジットは息を整え両手をばっと広げると、足をまっすぐ揃えて地をトンッと蹴った。見事なヴァーユ・シッディであった。とんぼのような姿勢で宙を舞うと、駆けるカルナの背後に迫り、足を広げてカルナの肩に降り、首を捕らえた。肩車の格好だ。
「わあ!」
驚いたカルナが振りほどこうとしたとき、プラセナジットはすばやく両手でカルナの耳をふさぐようにした。
「キエエー!」
とプラセナジットは布を切り裂くような声を上げ、とともにカルナの頭が微細にぶるぶると揺れ動き、カルナの心にゴゴゴゴゴッと地鳴りとも暴風ともつかぬような音が聴こえた。カルナの記憶はそこまでであった。
どおっと倒れたカルナから足をはがし立ち上がったプラセナジット、
「クベーラ・シッディの応用じゃよ。アスラダッタ派の秘奥義の味はどうじゃな? 聴こえとらんじゃろうがな。きっきっき」
と満足げに笑った。クベーラ・シッディとは手を触れずにものを動すシッディだが、つまりはカルナの脳をこのシッディで激しく揺さぶったものらしい。これではどんな強靭な首を持つ者もたちまち脳震とうを起こして卒倒するほかない。それどころか脳神経がずたにずたに破壊されてしまうのではないだろうか? おぞましいシッディがあったものである。
待っていた四人の弟子とダマヤンのもとへ行った。ダマヤンはカルナの倒れる様子を遠くから見ていた。
「カルナになにをしたの!」
と叫んだ。プラセナジットは笑って、次のことを言った。
「娘さんや、おまえさんはあの破戒の小僧に騙されておったんじゃよ。あれは色欲と慢心という魔物にとりつかれておったから、ちと頭をゆすってやったわい。これでやつは歩くことも考えることもできず、樹木のような安らかな存在となった。なにも心配することはない」
と。ダマヤンは絶望と激しい嘆きのあまり卒倒した。
東のかたから太陽が現れたとき、白目をむいてカエルのようにひっくり返って倒れているカルナを、八騎の騎兵が取り巻いていた。
そのうちのひとりが馬を降りてカルナの右胸に耳を当てた。
「意識はなくとも血の勢いはガンゴの如く、か。たいしたものだ」
とつぶやいた。この人物を見れば、ふたつの豊かな胸のふくらみは桃のようで、四肢はしなやかに伸び、腰のくびれと臀部の丸みもなまめかしく、全身を覆う鉄糸の鎖帷子でもこれらの輝くような魅力を隠すことができていない。これぞいわんやカリンガ女王チャビリーと、取り巻くのはチャビリーガールズに他ならない。
チャビリーは身を起こすと、
「ふんっ」
とタパスを込めてカルナの頬をひっぱたいた。ビタン! と大きな音がした。カルナは寝ぼけるように黒目を取り戻した。自分の右手にチャビリーの顔があるのに気づき、がばっと起き上がった。
「あ! えーっと…チャビリージーだ!」
カルナはチャビリーが名乗った名をかろうじて思い出した。起き上がることもできれば一度聞いただけの名も思い出せる。してみればカルナの脳はまったく無事だということになる。とっさになんらかのシッディで脳を守ったというのなら、カルナとは真に驚倒すべき怪童と呼ぶほかない。
「少年、カルナといったな。如意牛とあの娘はどうした」
チャビリーは端的に尋ねた。カルナは懸命に記憶を整理した。プラセナジットの攻撃を完全に防ぐことはできず、卒倒していたのだから無理もないことである。
「バクティは…牛黄に帰っちゃったよ。ダマヤンは…」
カルナの心に助けを求めていたダマヤンの悲痛な顔と声とがよみがえった。カルナは歯をぎりっと噛んだ。それを見てチャビリーは了解した。
(この怪童を打ち倒すとは、何者だ? 厄介なことになってきた)
と心のうちに思い舌打ちしたが、それにしても、白目をむいてひっくり返っていたカルナがいかにもふがいなく思えた。そこでチャビリー、
「女のひとりも守れぬとは、情けない。きさまのタパスがその程度とはな」
とののしった。これを聞いたカルナ、プラセナジットに言われた言葉を思い出し、再び心に怒りの火をともすと、すっくと立ち上がり、
「ダマヤン、すぐ行くよ!」
と言うとドオンッ! という轟音と衝撃波と散乱光とを放った。その次には、体からゴオッと猛烈な炎が巻き起こった!
「なに!?」
チャビリーは目をみはった。
(アグニ・シッディ! タタガット・ダスーのみが成し遂げるはずの奥義をなぜ!?)
チャビリーが驚倒していると、カルナはダマヤンを取り戻すべく紅炎を噴き上げながら駆け出したのだが、
「あち、あち、あちち!」
と叫んで野を転げはじめた。ダマヤンにもらった腰巻に引火してしまったのだ。
(そうか、タタガット・ダスーのたったひとりの弟子、か)
チャビリーはひとりなにごとかを了解してほくそえむと、次にはぷっと吹き出して、
「あははは! ははは!」
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu