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如意牛バクティ

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 ダマヤンもカルナに負けず劣らず楽天的な性らしい。ふたりは抱き合ってしばらく野を転げて喜ぶと、安心して疲れがどっと出たものか、そのまま寝息を立ててしまった。

 朝のまだきに、抱き合って寝ているカルナとダマヤンを、遠巻きに眺める者たちがいた。螺髪(長い髪をほら貝のように巻くこと。バラタスタンの苦行者に多い髪形)、全身に灰--荼毘にふした死者ないし死牛のものであろう--を塗り腰巻を巻いた、遍歴行者ふうの五人の男たちだった。
 「小僧と娘っこが、色気づきおって」
 五人のうち最も年長に見える老人が、鼻息を吹いて言った。この老人を見れば、髪も髭も白いが、少し黒い毛も残っている。ダスーやマヌーよりはいくぶん若いのだろうが、顔に刻まれた深いしわと鋭い眼光は、長いヨーガの苦行をこなしてきたことを思わせる。遍歴行者のうちの若いひとりが、この老人に歩み寄って、次のように言った。
 「バガヴァン、あの童子はタタガット・ダスーの弟子であるといい、またタパス祭りでウパティッサを打ち負かしチャビリーと互角に渡り合ったと聞きました。そのような怪童ですから、いま私たちは用心深く近づいてやつの寝首をかきましょう」
 と。老人、この四人の行者の師であろう、彼はその若い弟子をにらみ、次のことを言った。
 「ウパティッサは苦行を嫌い師であるわしの許しも得ずタパス祭りなんぞという俗事に出た不肖の弟子。あのような軟弱なタパスを打ち負かしたからといってこの童子が怪童とは呼べない。またチャビリーはマヌーの弟子とはいえ在俗の女にすぎないから、タタガット・ダスーの弟子であり男であるこの子供が互角に戦っても驚くには当たらない。さらにはタタガット・ダスーは苦行を恐れ雪山で安穏を貪る堕落者である。よってその弟子であり女と戯れるこの堕落した童子を怪童よと恐れて寝込みを襲うなど、激しい苦行を修する正しいヨーギンであるわしのすべきことではない。ではわしはあの童子を眠りから呼び戻し、正面から打ち倒そう。おぬしたちはあの娘をさらうがよい」
 と。つまりこの老人はウパティッサの師であるアスラダッタ派の長であるらしい。形而上の論理と苦行への病的な執着、慢心はアスラダッタの伝統を正統に受け継いでいるといえるが、それにしてもなにゆえカルナとダマヤンを襲おうというのだろうか。


如意牛バクティ 第十七回 プラセナジット奥義を用いカルナとチャビリー合掌を交わすのこと

 さて塗灰の遍歴行者たちはカルナとダマヤンが寝ているところへ近づくと、ウパティッサの師という老人を除いた四人が、ヨーガの修行者とはとうてい思えないようなことをした。つまりまずダマヤンの首からバクティの牛黄を奪うと、四人がかりでダマヤンの体をつかみ、カルナから引きはがし、肩の上に持ち上げて走りだしたのだ。
 ダマヤンは目を覚まし、体中に灰を塗った螺髪の男たちに担がれていることがわかると、虎に捕らえられた鹿さながらに、悲鳴を上げるほかなかった。
 「ぎゃあー!」
 ダマヤンの心は恐怖と、カルナだけで占められていた。
 「カルナー!」
 ダマヤンの絶叫にカルナは目を覚まし、がばっと起き上がると、ダマヤンが塗灰の男たちに連れ去られるさまを見た。
 「ダマヤーン!」
 とカルナも絶叫して駆け出そうとすると、カルナの視界の上からひとりの塗灰の老人が降ってきて、カルナの前に立ちはだかった。
 「どいてけろ!」
 カルナが呼ばわると、老人は次のように言った。
 「そう急くな、小僧。わしはアスラダッタ派の長、プラセナジット。おぬしタタガット・ダスーの弟子というのは本当かの?」
 「そうだよ、どいてけろって!」
 カルナは体を左右に動かして前に行こうとしたのだが、老ヨーギン、プラセナジットは自らも左右に動いてカルナの前をふさいだ。
 「急くなというに。ではタタガット・ダスーは宇宙には始まりがあり終わりがあると言ったか、それとも宇宙は不滅であり始まりも終わりもないと言ったか」
 「知らないよ! ダスージーはそんな話しないもん!」
 「では魂はどうか。人には魂があり死んだ後にも続いていくと言ったか、それとも人も物質であり魂などなく死んでしまえば土に返るのみであると言ったか」
 「聞いたこともないよ、そんな話! もう、通るよ!」
 カルナにとってはなんの役にも立たぬ話題であったし、なにしろこのような状況であったから、カルナはプラセナジットを押しのけて通ろうと、どすん、と肩をぶつけた。するとプラセナジットはくっく、と陰湿な笑い声をあげ、次のことを言った。
 「タタガット・ダスーはやはり腑抜けじゃな。聖仙などと持ち上げられてふんぞり返り、哲学的な思推も怠るか。そしておぬしはあらゆる出家者が奉ずべきアヒンサー(非暴力)の戒律を破った。ならばわしは法のもと、傲慢な師を持ち色欲に囚われヒンサー(暴力)の徒であるおぬしを制裁しよう」
 と。とたんにカルナは腹に強力な衝撃を受けて吹き飛んだ。巨大な槌で打たれたようだった。
 花々の野に倒れてげえげえと嗚咽しながらカルナが見上げると、プラセナジットが右の拳を突き出しているのが見えた。至近距離ないし拳が触れた状態からの直突き、中夏の拳法でいう寸けいのような技であろう。拳からは小さな火花がばちばちと飛び散って、稲妻を宿しているかのようだ。プラセナジットはカカカ、と笑うと、次のように言った。
 「知るがいい、愚劣なタタガット・ダスーの色欲に狂った弟子よ。おぬしは女ひとりも守れぬ弱い男だ。その愚かさゆえにな」
 と。そこでカルナは心に激しい怒りの火をともし、タパスを燃え上がらせると、ドンッ! という音と衝撃波とともに体から散乱光を噴き出した。
 「おまえのタパスなんか、ダスージーの太陽みたいなタパスに比べたら、ありんこみたいなもんだ! おいらが弱いって? おいらのタパスを見てみろ!」
 と呼ばわると、プラセナジットをめがけて猛然と駆け出だし、
 「あちょ!」
 と声を上げて右の拳を突き出した。今日の空手でいう正拳突きであったが、カルナのそれは火花を飛び散らしバオッ! という空気を切り裂く轟音を立てながら繰り出されたから、いったいどれだけの威力があるのか想像もできないほどだ。
 「なに!」
 とカルナの正拳突きのありさまに驚いたプラセナジット、とっさに腕を十字に交差させて足を踏ん張った。
 ドオンッ!
 という轟音と衝撃波と火花とが飛び散って、プラセナジットははるか後方に吹き飛ばされ、花々の野を転げた。
 (馬鹿な、なんという激しいタパスじゃ)
 カルナの正拳を受けた両腕がびりびりとしびれ、またカルナの拳に込められたタパスの熱で表皮がただれてしまった。プラセナジットが驚倒していると、カルナはプラセナジットには目もくれず、四人の塗灰行者たちにはがいじめにされて運ばれながらも、必死にもがいて抵抗しているダマヤンめがけて突進した。そこでプラセナジットはヴァーユ・シッディで跳躍すると、再びカルナの前に立ちふさがり、
 「小僧、バラタ一の聖仙たるわしに拳を振るったこと、後悔させてやろう」
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu