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如意牛バクティ

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 自分たちの周りを丸く一面の地平線が取り囲んでいる。空はラピスラズリのように青く、太陽は頂点にあり、光が地表いっぱいに降りそそいでいる。地平線まで続いていく樹木や草の群れは一切の制限なしに繁栄し、光は、彼らが広げる葉に祝福を与えているかのようだ。目の前に小さな湖がある。水は透き通っていて、湖底のいたるところから砂と泡とが舞いおこっているのが見える。水が湧き出しているのだ。太陽と空とを写す湖面には、いたるところ白と桃色の蓮の花とそのつぼみとが顔を出し、太陽を見上げて笑っているように見える。湖岸には、無数の青や白や黄色の花々。裸身を陽光の薄衣でおおって、恥じらうようだ。西のかた、湖から小川が流れ出すあたりに、奥深そうな森林がある。そこからアクシスジカの群れが出てきて、こちらを見ているが、恐れる様子はない。ふたりのかたわらに一本の菩提樹の大樹がある。幹は太く、ふたりがかりで抱いても手が届かぬだろう。枝葉いっぱいに小さな黄色い花を咲かせている。香りは、ちょうどチャイに入っているカルダモンの種のようで、風が吹くたびに爽やかな心地が湧きおこる。神話の巨人が手のひらを広げたような樹形がふたりにおおいかぶさり、木漏れ日の光は、清らかな涼しさをそそぐ。梢に風がわたったとき、鳥たちが羽ばたき、この樹が彼らのすみかであることを教えた。カルナとダマヤンが樹上を見上げると、鳥たちはすぐに戻ってきて、声を合わせて歌っては、この地に暮らす喜びを語るようであった。 これらこそが、自然の力がさえぎるものなく発揮された結果であろうか。違いない。ならば人のどんな願いも叶えるという如意牛バクティがこの地にカルナとダマヤンを導いたとしても、なんら不思議なことではない。それというのも、おそらくカルナとダマヤンの求めていたのは、じつにそのタパスと等しく、ありのままの自然以外にはなかったのだから。
 そこでカルナはもっと体全体でこの自然を感じようと駆け出したのだが、足がもつれてどてん、と倒れてしまった。
 「カルナ、大丈夫?」
 ダマヤンが駆け寄ったとき、カルナの腹からグキュウ、という空気がねじれるような音がした。
 「おいら腹が減っちゃったよ」
 カルナは困ったという顔で言った。俊英ウパティッサとタパスを競い、英傑チャビリーと激烈に戦い、ダマヤンを必死に守った十二歳の少年の体力が尽きるのはもっともなことである。
 ダマヤンは辺りを見回した。花々は盛んに咲き誇っているのだが、食べられそうな果実などは見当たらなかった。アクシムジカたちが出てきた森はマンゴー樹の群れだが、雨季の前であるのでまだ実をつけていなかった。
 そのときダマヤンはひとつのことに思い立った。
 (私、ぜんぜんお腹が空いてない。アーシュラムを出てからなんにも食べてないのに)
 と。アルビオン人たちに出された食事--アルビオン式のパン(マフィン)とチーズとジャガイモのマサラ(カレー粉)炒めのようなものだった--は拒絶した。それなのにどうしてだろう?
 「あ、そっか!」
 ダマヤンは了解した。後ろを振り向いた。バクティはのんびりとした様子で草を食んでいた。ダマヤンはカルナに向き直って次のことを言った。
 「ねえカルナ、バクティにお乳をもらいましょうよ。私きのうからなんにも食べてないのに、ぜんぜんお腹が空かないの。それどころか、なんだか元気いっぱい! 私バクティのお乳を飲んだのよね? きっとバクティのお乳は、傷を治したりするだけじゃなくて、とっても栄養があるのよ」
 と。カルナは驚いて、
 「えー、そりゃあおいらも飲んでみたいけど、なんだか…」
 ともじもじとした。
 「なんだか?」
 「勝手にもらうのは悪いよお」
 神さながらの如意牛バクティを前にしては、奔放たること果てしのないカルナであっても躊躇せざるをえないらしい。
 「だから、お願いしてみましょうよ」
 「う、うん…」
 ダマヤンはカルナの腕をひっぱってバクティの顔の前まで連れて行った。バクティはただ草を食むばかりだ。
 「ねえバクティ、カルナにもお乳をあげてくれないかしら。カルナはとってもお腹が空いて困っているの」
 ダマヤンが両手を合わせてそう言うと、バクティは口を盛んに動かしながらダマヤンと眼を合わせると、瞬きして光の粒を降らせた。それからゆっくり足を運んで体を回転させ、カルナに乳房を差し出すようにした。
 「ほら、カルナ、お乳をくれるって」
 「ほんとにぃー!?」
 カルナは心が嬉しさではちきれそうになって、どきどきしながらバクティの乳房のひとつを口に含んだ。吸うまでもなく、カルナの口に液体が満たされた。それはチャイよりもずっとずっと甘く、ずっとずっと香り高かった!


如意牛バクティ 第十五回 カルナとダマヤン歓喜して大いに踊るのこと

 じつのところ、生まれて即雪山に捨てられたカルナを育てたのは、タタガット・ダスーが連れてきた、野生化した牝牛の乳であった。カルナにその記憶があろうはずもないが、牛の乳房を口に含む感触だけは、どこかで覚えていたらしい。カルナはそのときこのようなことが自分にとって初めてのことではないような気がしていたので。
 バクティの乳の一口めを飲んだとき、カルナの疲労が去り、二口めを飲んだとき、タパスが着火されて火花が飛び散った。そこでカルナはバクティの乳房から口を離して立ち上がり、辺りを見回して自然の姿を確認すると、いてもたってもいられなくなり、
 「うっひょー!」
 などと叫んで両足を広げてぴょんっと飛び上がった。そのためにダマヤンはカルナの陰茎が振り乱されるさまをはっきりと見てしまった。カルナが裸形なのは当然知っていたが、ここまでくっきりと見てしまったのは初めてだった。
 「ダマヤン、おいら、元気いっぱいだよ! バクティ、ありがとう!」
 カルナはダマヤンを顧み、バクティに合掌して喜ぶのだが、ダマヤンは顔をほてらせて両手でおおうばかりだった。
 「ね、ねえカルナ。カルナはそのう、やっぱり修行のために裸でいるの?」
 と尋ねた。ダマヤンも空衣派の人を何度か見たことがあって、ヨーガの修行--無所有--のために裸形でいる比丘がいることを知っていたので。
 「へ?」
 カルナはたいへん困ったという様子のダマヤンと、おのれの陽光に照らされた陰部とを眺めた。それから雪山を出るときにダスーが言っていたことを思い出した。

  「街の連中っちゅうもんは臆病でな。ここを隠しておかんと、おぬしが自分をとって食うのじゃないかと疑うんじゃよ」

 ダマヤンにとって食うなどと疑われてはたまらない。カルナはすかさず両手で前を隠して座り込んだ。
 「違うんだよ、ダマヤン。タパス祭りで体から火が出て、腰巻が燃えちゃったんだよ」
 「まあ、体から火が? そうだったの」
 ダマヤンは納得した。あのカリンガ王という威風凛々としたヨーギニーと体を太陽のように輝かせ大地を揺らして戦っていたカルナを知る彼女には、驚くことではなかった。そこでダマヤンは、
 「ちょっと待ってね」
 と言うと、自分の着ている白いワンピースの裾を切り裂いた。ダマヤンのくるぶしまであったワンピースが膝までの短いものになってしまった。
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu