如意牛バクティ
(なにゆえだ? 如意牛はあの娘の守護獣でしかないのか?)
などと考えていた。するとアレックス・カニンガムが大いに笑い、次のように言った。
「如意牛を引きずり出したまではお見事でしたが、ふられましたな、チャビリー陛下。陛下ご自慢のタパスの力も、如意牛を使役することはできなかったということですな。カリンガがどうあらがっても我が社の支配を拒むことはできないのと、ちょうど同じですな!」
と。チャビリーの願いが叶えられないことは知っていたと言いたげであった。チャビリーこれを聞いて心のうちに怒りの炎をともし、
「黙れ、ハイエナ!」
と怒鳴ると拳を握ってタパスを燃やし、ドンッ! と衝撃波を発すると髪を逆立て体から白い光を放った。チャビリーガールズたちもチャビリーの両脇に駆けつけマスケット銃を構えたそのとき、馬のいななきと地鳴りとが聞こえてきて、諸人が見れば東バラタ会社軍の一連隊がガンゴ河の上手より現れた。チャビリーたちにエンフィールド銃の一斉射撃を放ってくる。アレックスが墜落前のマツラ号から無線電信によって呼び寄せたパトナガルの駐屯兵に違いない。このころ無線電信は試験的ながら東バラタ会社軍の一部にすでに用いられていた。
(こやつらに構っている場合ではない)
チャビリー不利を悟って、
「退けい!」
と号令すると、チャビリーもチャビリーガールズたちも馬に引き返し、銃弾をよけながらガンゴ河の下手へと馬を走らせた。
そこでマヌーはウパティッサとともに葦の茂みに身を隠すと、マナス・シッディによってチャビリーの心に呼びかけた。つまりマナス・シッディとは心に語りかけるシッディである。すでに声が届く距離ではなかったからだ。アルビオン人たちは機械によって科学の力で、ヨーガ行者はヨーガによって自らの力--タパス--で同じこと--通信--を成したわけだ。
(如意牛を追うつもりかの?)
マヌーの意にチャビリー馬を飛ばしながら心のうちに答えて、
(知れたことです。如意牛をアルビオンどもに奪われれば、バラタは終わりではありませぬか?)
(まあ、そうじゃろな。ことに、あのヴリトラのような男が手に入れればな…カルナとあの女の子を見つけたら、マナス・シッディでわしに知らせてくれぬか。用があるでな。そんなに遠くなければ、おぬしならできよう?)
(よろしいが…バガヴァンはどちらへ?)
(なあチャビリー、あの男の言ったことももっともかも知れぬな。わしらは三千年もの間、如意牛やディルムンが本当はどういうものなのか知ろうともしなかった。今回はあの男に一本取られたわい)
(バガヴァンは、本当に如意牛が機械だと?)
(さあな、わしにはわからん。わしらは如意牛のこともディルムンのことも伝説で知るのみじゃ。調べてみようと思うんじゃよ、わし自身の目でな)
(諾。意が通じぬようならカリンガへおいでください。では)
チャビリーが心を閉じようとすると、マヌーはおのれのタパスでそれをこじ開けてきた。
(おぬしのあの願いはなかなか良かったぞ。おぬしならバラタの優れた王になるじゃろな。わしも力を貸そう、如意牛の力を借りるかどうかはさておきな。それからカルナとあの女の子とはもう争うでないぞ。それはおぬしに喜びも安らぎももたらさぬ。これは師として最後の教えじゃ)
そう言うとマヌーの意は去った。チャビリーは弾丸の雨の中でほくそ笑んだ。
「あのふたりが私に喜びと安らぎをもたらすと? 生まれ落ちてこのかた憤怒を肉と食い苛立ちを水と飲んできたこの私に?」
チャビリーは大いに笑い、馬を飛ばした。
ウパティッサはマヌーとチャビリーの心--マナス--の声をしっかり聞いていた。それは世の常のヨーギンにできることではなかったけれども。葦の根元に伏せながら、マヌーに尋ねた。
「ディルムンを調べるといって、どちらへ行かれるのです?」
「さあな、あてはない。遍歴の旅でディルムンの話を聞いたところを、もう一度回ってみるくらいじゃよ」
「私はアンガに行ってみようと思います」
「アンガじゃと? 東バラタ会社の本部か」
「はい。あの男の持っている情報はそこにあるでしょう。修行者の正しい道ではありませんが、盗み出すことを試みたいと思います」
「ほほ、まあええじゃろ。こういう状況じゃからな。なにかわかったらカリンガへ行くとええ」
「では」
「気をつけるんじゃぞ」
銃撃が止むのを見て、マヌーとウパティッサはそれぞれの方向へ駆け出した。
タパス祭りはこのようにして幕を閉じ、これらの出来事を目撃した巡礼の人々は大いに心に感じ、ざまざまに語っては、もろもろの人々に伝えていった。
さて一方如意牛バクティはカルナとダマヤンを背に乗せて山を越え谷をまたぎダクシナ高原の上を飛んでいたが、ふいに身を翻して光のしぶきを降らせると、丘の上のひとつの湖のほとりに降り立った。それからバクティは背の上のカルナとダマヤンを振り向いて、じっと見つめた。まつげがきらきらときらめき、瞬きするごとに七色の光の粒が舞った。
カルナとダマヤンは顔を見合わせた。
「…降りよっか?」
とカルナはきょとんとしたまま言った。
「…うん」
ダマヤンも同じようにきょとんとしながら答えた。ふたりは少しずつ恍惚とした気持ちを鎮めていった。神さながらの如意牛バクティに乗って空を飛んだなら、誰でも茫然自失となるに違いない。
カルナとダマヤンはバクティの背から降りると、辺りを見回した。
「うわあ…」
ふたりは感歎の声を上げた。それというのも、ふたりは途方もなく美しいものを見たからだった。
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu