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如意牛バクティ

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 人々がいる。ウパティッサの澄んだ青空のようなタパス、マヌーの樹木を急速に伸び上がらせる大地のようなタパスは夜空の星々のうちの月のように輝いているが、他の人のそれはにび色の雨雲がかかったようにぼんやりとしている。その雲をなんと呼ぶのかカルナはまだ知らなかったが、マヌーが旅路の森で言った言葉を思い出すことはできた。
 「よいかカルナ、人々は自らのタパスに自ら雲をかけてその力を弱らせている。この雲は傲慢、臆病、怠情、妄執などと呼ばれる。これらは自らの力や自然の力を信じぬことで生まれる雲じゃ」
 (これのことかあ。しっかし、薄暗くって気持ち悪い雲だなあ)
 カルナはこのどんよりとした雲が気に入らなかった。
 辺りには樹木もあった。またガンゴ河の流れがあった。空は青く、太陽が輝いていた。
 大気には、微細なものが飛び交っていた。カルナはそれらを眺めた。するとそれは、人間、動物、植物、それから菌というようなもの、それぞれのタパスから放出されたさまざまなものであることがわかった。カルナは彼らの声を聞いた。「腹が減った」とか「居心地が悪い」とか「あいつが気に入らない」とか、不平不満のたぐいがほとんどであった。それらは目の前の人々のタパスにかかる暗い雲と同じ色と響きを持っていた。
 (みんないったいなにをそんなに苦しんでいるの? なにがあれば、楽しくって明るい気持ちになれるの?)
 カルナはいま目にしたものすべて--とりもなおさずそれは自然と呼ばれるものだが--に向けて尋ねてみた。すると、カルナの体の中心にあるもの--すなわちタパスである--がかっと熱くなった。
 (なんだ、それならおいら、持ってるよ!)
 カルナは了解してにっこり笑うと、両手を思い切り広げて力を込めた。するとカルナの髪の毛が逆立っていき、辺りの小石がぐらぐらと動いた。
 「ふんっ!」
 とカルナが声を発したそのとき、大気がドンッという音を立てて爆裂し、諸人に衝撃波が叩きつけられた--ウパティッサはその衝撃波が大気をきらきらと輝かせながら、空の果てにまで飛んでいくのを眺めていた--と同時にカルナの体からボウッという音とともに紅蓮の炎が巻き起こった--じつに信じがたい光景であった!
 「なんじゃと!」
 驚嘆の声を上げたのはマヌーだった。
 (アグニ・シッディ! こいつができるのはいまダスー以外におらんはずじゃ! わしですら体毛をくすぶらせることしかできぬというのに、カルナめ、やりおったわい!)
 マヌーの驚倒の思いはすぐに歓喜へと変わっていった。ウパティッサも他の諸人もそれは同じであった。それというのもカルナの身よりいずる炎の光は、人々の心に得体の知れぬ勇気と喜びを引き起こさせたからだった。
 ところがカルナ本人はたいへんであった。体中を炎に包まれながら、
 「あち! あち! あちちち!」
 と叫んで背中や股間を手で叩きながら地を転げ回った。背中に貼りつけていた綿布と腰巻とが燃えてそれが熱くてたまらないらしい。おそらく裸形であれば自身の内から発する炎は熱くないのだろうが、体の外でなにかが燃えれば普段と同じように熱いのだろう。
 このありさまを見たウパティッサはすっくと立ち上がり、僧侶たちが綿布を濡らすのに使っていた樽を持ち上げると、すばやく樽の中の水をカルナに浴びせかけた。ジューッという音とともに水蒸気が立ち昇り、それが風に飛ばされると、裸形のカルナが尻もあらわに横たわっている姿が現れた。
 「ひえー、あっちかったー」
 カルナが立ち上がるのにウパティッサが手を貸した。
 「カルナくん、大丈夫かね」
 「うん、ウパティッサジーありがとう」
 カルナはにっこり笑って合掌した。
 「礼を言いたいのは私のほうだ。素晴らしい光景を見させてもらった。人は自らの力で、これだけのことができるのだな。自然のすみずみにまで、自らの力を分け与えることがな」
 ウパティッサも笑って合掌した。
 「さて」
 ウパティッサは僧侶のひとりをかえりみた。
 「もう時間になったろう。優勝者を、祝福するときではないのかな」
 あまりの出来事に呆然とことの行方を見守るばかりだった僧侶は、ウパティッサのこの言葉でようやくわれに帰った。競技の時間は終わった。そしてカルナが最後に乾かした--実際には燃やしてしまったのだが--一枚の綿布によって、ウパティッサを一枚上回っている。そこで僧侶は、
 「今年のタパス祭りの優勝は、タタガット・ダスージー門下、カルナくんです!」
 と声も高らかに宣言したので、観衆も出場していたヨーギン、ヨーギニーたちもみな歓喜して、カルナにやんやと喝采やら拍手やらを送った。そこでカルナは大いにはしゃいで飛んだり跳ねたりして喜んだので、腰巻が燃えて丸出しの小さな陰茎を振り乱すというありさまになってしまった。しかしその自然そのままの愛くるしく力強いさまこそが諸人を大いに笑わしその心を喜びに満たしたのだった。
 いつまでもやむことがない喝采の中で、最初にその音を聞いたのは、マヌーであった。
 (はてな。妙な風の音じゃ)
 空を見上げた。わずかに、ヒュンヒュンヒュンというような音がする。やがてマヌーの眼に米粒のような黒い点が映り、それがどんどん大きくなっていった。ヒュンヒュンという風を切るような音もまた、どんどん大きくなっていった。
 諸人も気づきはじめた。
 「ありゃなんだ?」
 「鳥じゃないわよね?」
 やがてその場にいたすべての人々が、ただ無言で、近づいてくるそれを眺めて、これがなんなのかを知ろうとした。しばらくすると、それがまったくもって途方もないものであることが、すべての人に了解された。


如意牛バクティ 第十一回 カルナ、ダマヤンを胸に抱くのこと

 チャビリーは左手に手綱、右手に大口径のマスケット銃--ほとんど大砲のようだ--を抱えて馬を空中に躍らせた。
 飛行船からドンッと爆発音がして、砲弾がチャビリーの目の前で爆裂した。チャビリーの体に鉄片の数々が打ちつけられたが、彼女はタパスを燃やして体から衝撃波を放ち、打ちつける鉄片を弾き飛ばした。この砲弾は炸裂弾だ。チャビリーたちのような小さな標的への攻撃には最適だが、チャビリーのシッディ--バリアのようなもの--の前にはあまり効果はなかった。もっともこのような芸当ができるのはチャビリーひとりだけで、七騎のチャビリーガールズたちはなかなか船に近づけないでいた。
 「白い盗賊どもめ、くらえ!」
 チャビリーは弾丸を一発放った。船体--鉄板の鱗を張りめぐらした魚型のそれ--の胸びれのあたりに命中し、鉄の鱗を爆破した。穴があき、そこからヘリウムガスが噴き出していく。船体はすでに複数被弾していた。この船には気嚢が複数あるのだろうが、これだけ被弾すれば墜落は時間の問題だろう。みるみるうちに落下していく。
 飛行船からの銃撃をかいくぐって、チャビリーガールズのひとりが馬を飛ばしてチャビリーに近づいた。
 「陛下、下を」
 言われてチャビリーが眼下の地上を見ると、二本の大河が合流する線が見える。合流点のすぐ下流の岸辺には、黒い蟻の大群のようなものが見える。チャビリーはすぐに察してにやりと笑った。
作品名:如意牛バクティ 作家名:RamaneyyaAsu