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春待つ桜【BL】

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 帰るとは言ったものの帰宅する気にはなれなくて、何故かふらふらと高無の家の前に来てしまった。もう卒業直前の掃除やら書類配布やらのために学校に行っているだけなので授業をサボッたわけではない。それに普通に学校に残っていても、そろそろ下校時間のはずだ。
 高無は、まっすぐ帰ってくるだろうか。笹澤と松戸と、どこかに遊びに行っていたりするのだろうか。それどころか二人と一緒に帰ってきたらどうしよう。俺だって家にあげてもらったのは半年経ってからだったのに。そんなことをぐるぐると考えて、神生は道端に座り込んだ。溜息をひとつ。女子か。
 勘違いだよ。犬のように懐いてくるから愛着がわいただけだ。たとえ本当に好きになったところで、もうすぐ卒業じゃないか。と自分で自分を諫めてみても、この場を動く気にはなれなかった。期待している。期待している。友達の増えた高無が、それでもやっぱり神生が好きだと、もう一度言ってくるのを。
 考えれば考えるほど、どうやら自分は本当に高無を好きになってしまったらしかった。女々しい自分が気持ち悪い。かっこ悪い。
 初めて高無の家に行ったのは文化祭の後だった。打ち上げに行きたくなさそうな高無を誘って途中で抜け、二人でどっか食べてかえろーぜと店を探し回ったがどこもいっぱいで、そんなときに高無が自分の家ならすぐそこだけどと案内したのだった。コンビニで菓子や惣菜をたくさん買って、高無の部屋でプチパーティーをした。と言っても自分たちは文化祭に何か貢献したわけでもないのだが。それでもお化け屋敷の内装を手伝ったから貢献は貢献だ。一応。
 割とちゃんと片付いた部屋で、無駄なものが特になかった。部屋に入るなりエロ本を探すというお約束をやったところベッドの下から出てきたのは世界のメガネ図鑑というものだった。メガネ女子ではなくメガネソロである。やっぱり変な奴だ、と再確認はできたがエロ本は発掘されなかった。まさかメガネ図鑑を片手に勤しんでいるわけではないだろう、さすがに。
 そんなことを思い出していたら何だか涙が出てきた。「神生……」目を閉じて浮かんでくるのは、他の人には目もくれず駆け寄ってくる高無の姿と自分を呼ぶ声。「神生?」
「神生、ってば!」
「え」
 目の前に、高無がいた。
「たか……なんで」
「俺の台詞だけど……。ここ俺んちだし」
 あ、そっか、とぼんやり表札に目をやる。日が傾いてオレンジと青が溶け合おうとしていた。少し寝ていたかもしれない。
「帰ったって聞いたけど……こんなとこにいていいの。風邪ひいて卒業式出られなくなったら」
「……たかなし」
 心配そうに口調を強める高無の言葉を遮って、寝起きのぼんやり感に任せて声を発した。
「お前さー……俺のこと好きって、言ってたじゃん」
「え……」
「結局どーだった? 他に友達できてみて」
 期待が半分と、自嘲が半分。口の中が渇いてヒリヒリする。鼻風邪の薬飲んだ後ってこんな感じだっけ、などと関係のないことを考えつつ、神生は返事に困っている高無から目を逸らした。
「あ、そうだよな……。やっぱお前、あれ気にして俺に友達けしかけてくれたんだな。ありがと。変な奴だと思ったよな、ごめんなあ」
 そうじゃねえよ。いやそうだけど、今そういう話をしようとしてんじゃねえんだよ。声にしたつもりの言葉は音にならなかった。高無がどんな顔で話しているのかわからなかった。声は落ち着いている。苦笑が目に浮かぶ。なんだか少し苛立った。
「……笹澤さ、趣味一緒らしーじゃん。そういや俺お前と音楽の話したことなかったよな、俺があんまり興味ないから。松戸はなんか見た目ザコいっていうかザ・下っ端って感じだけどいい奴じゃん? あれで実は結構強えーんだよな。なんだっけ、なんとか拳。お前ひょろひょろしてるから教えてもらえば」
「うん……そうだねえ」
「で? あいつらと一緒にいて、それで、俺のことどう思った?」
 顔を見なくても、困ったように眉尻を下げたのがわかった。数秒の間。キリキリと胃が痛い。自分は腹痛と言って学校を抜けてきたのだ、と、神生は改めて思い出した。
「どうって、普通に、やっぱりいつも皆と笑ってる神生ってすげえなあって思ったよ。俺こんな少人数で喋るだけで精一杯なのにさ。……あー……こないだのことならマジで気にしなくていいから。マジで。なんか血迷ってたっていうか」
「そうじゃねえんだよ!」
 自分でも驚くほど、大きな声が出た。張りつめて凍った空気を思い切り蹴って割ってしまったような感覚だった。茫然と言葉を失った高無の方に目をやる。神生の感情は高ぶったままだった。
「……神生?」
「違う……違うんだよ俺、俺さあ」
「え……え?」
「お前のこと好きになっちゃったんだよ!」
 高無が目を見開いた。お互いそれ以上の言葉が出てこないまま、沈黙が流れる。気まずくなって、どちらからともなく視線を逸らした。もう三月だってのに日が落ちるとまだ寒い。ひんやりとした風が二人を笑うように舐めて、去っていく。
「……えー、と」
 先に口を開いたのは高無だった。「お前、俺とセックスしたいの」
「うっ」
 思わぬブーメランが返ってきた。この返しはひでーわ、と、神生は先日の自分の心ないコメントを後悔する。以後気を付けよう。
「あーそれは……ほら、今んとこ全然想像つかない、けど」
「じゃあキスできんの。……気持ち悪いって、言ってたけど」
作品名:春待つ桜【BL】 作家名:大文藝帝國