春待つ桜【BL】
それはあからさまに一週間前の仕返しだった。高無は笑っていたけれど、告白が本気だったにしろ勘違いだったにしろ、自分の切り返しは最悪だったのだ。デリカシーがない、そう言われて彼女にフられたこともあったっけ、なんてことが頭に浮かぶ。
「……多分、できるわ」
思っていたよりも、声が小さくなった。男とキスするなんて罰ゲーム以外に考えたこともなかった。それでも、今想像してみて、気持ち悪いとは思わない。多分。
「そっか……」
「っ……つーかお前が! お前が悪いんだからな!」
気まずさを振り払うように神生は声をあげた。教科書も入っていない軽い鞄を投げつけ、高無の顔を見なくて済むように反対側を向く。
「お前が変なこと言い出すから意識しちゃって、くそ、お前のせいだ! お前があんなこと言わなきゃ、好きとか、こんなこと思わずに済んだんだよ! そんでさあ、なのにさあお前は血迷ってたごめんなーって、それだけで、あーくそ……勘弁してくれよ……」
我ながらずるいと思った。高無が勘違いだったならそれでいいはずで、それを確認させるために笹澤と松戸に「もう一回あいつと仲良くなれるよう頑張ってみてくれよ」と頼んだりしたのだ。それなのに二人と仲良くなった高無を責めても仕方がない。これでは高無の気持ちがどうであれ、責任をとって友達以上の扱いをしろと言っているようなものだった。
「……神生」
何かを迷っているような高無の声だった。最高に惨めな顔を見られたくなくて、神生はその場にうずくまる。鞄、投げなきゃよかった。そうしたら鞄で顔を隠すことができるのに。
「俺……神生のこと好きだけどさ、俺はお前とキスできるとか、やっぱ言えないな……想像つかないし」
追い打ちはやめろ。もういいから帰ってくれよ。放っとけよ。そう言ったつもりなのに神生の口からは呻き声しか漏れなかった。
「でも、俺が神生といて、あー好きだなーと思ったのは他に友達がいなかっただけだっていうのは……、それも違うなとも、思った。お前のおかげで笹澤も松戸も好きになれたけど、お前のこと好きって思うのとは何かが違うっていうかさ」
高無が神生の背後にしゃがみ込んだ。声が近くなって、背中がじんわりと熱くなる。この期に及んでうわ、やっぱり好きだこいつ、と、そんなことを考えていたせいで神生は話を半分聞き流していた。
「だからその、他の友達と仲良くしてみて初めて、違うって思えたってことは、俺の好きがお前の好きと一緒かどうか、その……。キス、してみようかな、とか」
「……え?」
ぼんやりしていた耳は都合よくもキスという単語だけを拾い、振り返る。神生の視線のすぐ先に高無の顔があった。
「……うん。キスしてみようか」
「……え、ええ、ちょ、高無」
「キスってチュッてやつじゃねーぞ。超ディープなやつだぞ」
先日の神生の口ぶりを真似して、高無が笑った。本日二度目のブーメラン。穴があったら入りたいほどの恥ずかしさである。この先何かあるごとに掘り返してきそうで、神生は背筋をぞくりとさせた。もしかしてこいつ、案外性格悪いのかもしれない。……もともと変な奴だし、仕方ないけれども。
腹をくくって、神生は高無に向き直った。
「おう。……俺、超うめーって評判だったんだかんな。高くつくぞ」
「はは、期待してる」
どちらからともなく、唇が惹かれあった。
風が吹いて、木々の揺れる音が連鎖する。早咲きの桜が、ひらひらと薄い色の花びらを手放した。春。桜。ああ――恋の季節だ。そんな歯がゆくなるような呟きを漏らしたのは、どちらの唇だったか。