春待つ桜【BL】
翌日の放課後、教室を出ようとした高無はカツアゲのごとく三人組に取り囲まれた。そのうちの一人は神生である。神生はここのところはよく高無と行動を共にしてはいたが、普段クラスでつるんでいるのはこの、髪も服装も雰囲気も派手な『頭の悪そうな高校生』たちだった。
「……あの」
彼らのワックスでツンツンにとがらせた茶髪と、だらしなく着崩した制服(神生の身なりも同じようなものだが)に順番に視線をやった高無はそれ以降神生以外を見ようとしなかった。言っとくけどこいつら、お前が昨日友達のうちに数えた中に入ってんだぞ。と声には出さず苦笑して、「今日は四人でゲーセンいこーぜ」
「四人……」
今まで神生は、高無といる時といつもの面子でいる時とを分けていた。高無はクラスの奴らをよく思っていないようだったし、一緒にいて雰囲気がピリピリしてしまっては自分も楽しくないと思ったからだ。しかし高無があれでもクラスの三十余人を友達だと思っているとわかった今、もう怖いものはない。要はみんなが高無と仲良くなってくれれば、高無はホモかもしれないなんてとんちんかんなことを言い出さなくなるだろうし、自分も日によってどちらかの誘いを断るようなことをしないで済む。一石二鳥である。
「知ってると思うけどこっちが笹澤で、こっちが松戸な」
「……」
高無はまた去年の思い出したくもない鉄壁モードに入っていた。軽く会釈をしただけで口を開こうともしない。しかし神生ら三人が歩き出すと、はっとして神生の後ろにぴったりとついた。
「飼い犬か」「犬かよ」
笹澤と松戸が同時に突っ込んだ。まったくだ。
その日の高無はずっと犬だった。四人でいるというよりは高無を連れた神生が二人と会っているような形だった。高無が二人と話すのは全て神生を通してである。直接の会話をさせてもらえない二人を見ていると、去年の自分よく頑張ったものだな、と感慨深くなるほどだった。
高無のゲーセンスキルは意外と高かった。すげーすげーと二人が囃し立て盛り上げてくれたため、気まずい雰囲気が流れることはなかった。ただ、当の高無は戦利品を悉く神生に押しつけ、なるべく見ているだけポジションに回ろうとしていたが。
それでも神生が高無と打ち解けるのに比べたら、かなりの速さで高無は警戒心をといていった。三人で高無を取り囲む生活を始めて一週間もしないうちに、神生がトイレに行っている時間も二人と口をきくことができるようになった。どうやら彼はただ極端に人見知りだっただけらしい。付き合い慣れている神生が仲介している分、幾分か心を開きやすかったのだろう。
「そういえばさー、高無ってそれいつも何聴いてんの?」
今までなら知らないとでもいうように首を振ってそっぽを向いてしまう高無が、笹澤の問いにゆっくりまぶたをあげた。イヤホンを外し、音楽プレーヤーを机の上に出してやる。
「日によるかな……今日は洋楽だけど、この」
「あー! それ俺好き! 先輩がコピーバンドやっててさー」
「え、もしかして去年の文化祭の? 俺それでハマッて……あれお前の先輩だったんだ、すごいなあ。ギターすっげ上手かったよね」
みるみるうちに、高無の表情が和らいでいくのがわかった。会話に夢中になっている本人たちは気づいていないのだろうが、隣で見ていた松戸からしてみればドーベルマンがチワワになったくらいの変化だった。席を外していた神生が戻ってくるなり、「お宅の息子さんやっと親離れしましたねえ」とハンカチで涙を拭うまねをした。「何の話?」
「ほら見ろよ、笹っちゃんてばやるねー。お前が三か月かけて落とした高無をあの子ったら、一週間で攻略しましたワ」
「うお、マジだ……すげ」
さすがにこの雪解けの早さは神生としても想定外だった。自分がいたおかげだということが分かってはいても、なんだか癪である。こんな時に限って、なかったことになっていたはずの高無の言葉が脳の奥の方で蘇った。「お前のこと好きかも。神生といると楽しいし、神生ともっと喋りたいと思う」――と。なんだよ、あんなこと言ってたくせに。やっぱり俺以外に友達ができたら俺なんて用済みなんじゃん。
高無に友達を増やそうと思ったのは自分であるし、実際喜ばしいことであるはずだ。それなのに卑屈な考え方をしてしまう自分が嫌だった。……いや、それだけではない。
自分はどこかで期待していたのかもしれない。高無の『好き』が、もしかしたら本物であるかもしれないことを。
ふら、と力が抜けた。倒れまいととっさに壁に手をつく。松戸が大丈夫かと顔を覗き込んだ。
「大丈夫じゃないかも。腹痛い」
「え、さっきのプリンやっぱ腐ってた?」
「プリンも腐ってたしさっきトイレで見知らぬ不良にボコられたし今日からオンナノコの日でめっちゃ腹痛い。ごめん俺、帰る」
思えばあの会話がよくなかった。
高無が好きだのなんだのと持ち出さなければ、決して意識することはなかったはずだった。高無に友達が増えて、皆で仲良くして、卒業しても皆で遊びに行って、旅行なんかしたりして、そんな未来を思い描いていたはずだった。それなのに、思えばあの日からおかしくなった。笹澤、松戸と四人でゲーセンに行った日。いつもなら何も感じないのに、自分にだけ高無が懐くのに優越感をおぼえた。お前よく仲良くなれるまであんなのに耐えたな、と言われるのが誇らしかった。思ったより早く高無が二人に慣れていくのを見るのが面白くなかった。つまり、簡潔に言うと、だ。
恋だと言い出した高無に友情を自覚させるためにとった行動で、かえって自分が恋心を自覚してしまった、ということになる。
「馬鹿か俺……」
ホモかもしれないは俺の方じゃねーか。