春待つ桜【BL】
「俺、もしかしてホモなのかな」
と、高無が唐突に呟いた。
「は?」
「俺、お前のこと好きかも」
「はあ?」
春待つ桜
高無は変な奴だった。
集団行動は大嫌い、嫌いというより無関心で、いつもイヤホンで聴覚がよそに向かないようにしている。授業中は大抵寝ているにも関わらず成績はいい。喋った声を聞いたことのないクラスメイトもいるのではないかと思うほど喋らない。変な奴だった。ほとんどの人間がクラス替え初期、二年の四月に話しかけ、会話が弾まず、五月にならないうちに諦めた。見限られ孤立しているのが気になり頑張ってアプローチを続けた神生にだけは三か月かけてようやく心を開いたが、喋ってみたらみたで意外と明るくお喋りな奴であった。変な奴だ。その変な奴が変な奴道を突っ走り続け、三年生になり聞いたこともない変な学部のある大学に進路を決め、そして卒業を控えた三月はじめ、またもや変なことを言い始めたのである。
「いやお前それ、どういうことよ」
「だから俺、神生のこと好きだ」
神生はううーんと唸り、どうしたものかとこめかみをおさえた。好きって、好きってそういうことだよな、と眉をひそめる。
「何お前、俺とセックスしたいの?」
「……? お前は彼女作るときそういう基準なの」
いや、そりゃそういうわけじゃねーけどさ、と、神生の首がさらに捻られた。神生とて攻略不可能と言われていた高無の心の壁を壊した男だ。好きか嫌いかで答えれば無論好きである、が、そういうことではない。むしろこの程度の『好き』をレンアイの好きと同列に扱ってしまったらこの人の世、二股三股、股がいくつあっても足りなくなってしまう。
「一応聞いとくけど、なんでそう思ったのよ」
「神生といると楽しいし、神生ともっと喋りたいと思う」
それはお前に友達がいないだけだ。
溜息混じりにそう返すと、高無はそうかなあと言って玄米茶を啜った。「これが初恋ってやつかーと、思ったんだけどなあ」
「……お前さ、マジで俺以外に友達いねえの?」
「失礼な。クラスにはまず三十余人いるだろ。他クラスはほとんど知らないけど……ああでも、一組は体育合同じゃんか。小中のクラスもあわせれば、ともだちひゃくにんできたかななんて余裕だよ」
高無にとっては、一度も遊びの誘いに乗らずメールアドレスも交換せず、何を話しかけられても首の動きだけで会話を終わらせたくなるような奴らも友達らしい。よかった、あれでも一応みんなのこと嫌ってるわけじゃないんだなと安心する一方、だったらもっと友達らしい扱いしてやれよ、とも思いつつ、神生は高無家のソファの上でごろりと寝返りを打った。確かに、そこまでコミュニケーションをとっていない(というか、高無がとろうとしていない)友達と比べたら自分のように家にあがらせてもらえる立場はめちゃくちゃ激レア、超愛されてる、ということなのかもしれないけれども。それでも。
「それなら尚更好きとかちげーよ。お前が俺以外と仲良くしようとしてないだけだよ。みんな最初はお前のこと気―つかってカラオケ行こうぜーとか誘ってたじゃんそれをお前がさあ。つーか、別に俺だってお前が自分から仲良くしてきたわけじゃないし」
そう、今でこそ仲のいい友人まで昇格してはいるが、打ち解けるまでが長かった。神生がことあるごとに話しかけ、話しかけ、どこへ行くにもついていき構い続け、名前を覚えてもらうのにまず一か月、それから名前を呼んでもらえるようになるまでさらに一か月かかった。のちにクラス一同が「まるで囚人が地道にスプーンで壁を削っているかのよう」だったと評するほどに。
――それにやっぱり、上辺では「優しいから」や「趣味があうから」なんて綺麗な言葉を並べていたって、所詮『恋愛』は下心あってこそのものだ。
「お前、俺とキスしろっつったら無理だろ」
高無が湯呑から唇を離して、考え込む。
「あれだぞ、キスってチュッてやつじゃねーぞ。超ディープなやつだぞ。エロいやつ。セックスしなくたってそんくらい恋人なら中学生だってやってんぜ。俺とできるわけ? 無理だろ。気持ち悪いだろ、俺も嫌だわ。……だからお前のそれは、勘違いだよ」
言っている途中から、あ、もしマジだったらどうしよう、という不安が脳裏をよぎった。勇気を振り絞ってカミングアウトしたのにボロクソに言われて傷つくんじゃないか、なんて(高無のそれはカミングアウトというようなたいそうなものですらなかったが)――と、考えたには考えたが、余計な心配だった。高無はただ三回ほど瞬きをして、確かになあ、と笑っただけだった。
と、高無が唐突に呟いた。
「は?」
「俺、お前のこと好きかも」
「はあ?」
春待つ桜
高無は変な奴だった。
集団行動は大嫌い、嫌いというより無関心で、いつもイヤホンで聴覚がよそに向かないようにしている。授業中は大抵寝ているにも関わらず成績はいい。喋った声を聞いたことのないクラスメイトもいるのではないかと思うほど喋らない。変な奴だった。ほとんどの人間がクラス替え初期、二年の四月に話しかけ、会話が弾まず、五月にならないうちに諦めた。見限られ孤立しているのが気になり頑張ってアプローチを続けた神生にだけは三か月かけてようやく心を開いたが、喋ってみたらみたで意外と明るくお喋りな奴であった。変な奴だ。その変な奴が変な奴道を突っ走り続け、三年生になり聞いたこともない変な学部のある大学に進路を決め、そして卒業を控えた三月はじめ、またもや変なことを言い始めたのである。
「いやお前それ、どういうことよ」
「だから俺、神生のこと好きだ」
神生はううーんと唸り、どうしたものかとこめかみをおさえた。好きって、好きってそういうことだよな、と眉をひそめる。
「何お前、俺とセックスしたいの?」
「……? お前は彼女作るときそういう基準なの」
いや、そりゃそういうわけじゃねーけどさ、と、神生の首がさらに捻られた。神生とて攻略不可能と言われていた高無の心の壁を壊した男だ。好きか嫌いかで答えれば無論好きである、が、そういうことではない。むしろこの程度の『好き』をレンアイの好きと同列に扱ってしまったらこの人の世、二股三股、股がいくつあっても足りなくなってしまう。
「一応聞いとくけど、なんでそう思ったのよ」
「神生といると楽しいし、神生ともっと喋りたいと思う」
それはお前に友達がいないだけだ。
溜息混じりにそう返すと、高無はそうかなあと言って玄米茶を啜った。「これが初恋ってやつかーと、思ったんだけどなあ」
「……お前さ、マジで俺以外に友達いねえの?」
「失礼な。クラスにはまず三十余人いるだろ。他クラスはほとんど知らないけど……ああでも、一組は体育合同じゃんか。小中のクラスもあわせれば、ともだちひゃくにんできたかななんて余裕だよ」
高無にとっては、一度も遊びの誘いに乗らずメールアドレスも交換せず、何を話しかけられても首の動きだけで会話を終わらせたくなるような奴らも友達らしい。よかった、あれでも一応みんなのこと嫌ってるわけじゃないんだなと安心する一方、だったらもっと友達らしい扱いしてやれよ、とも思いつつ、神生は高無家のソファの上でごろりと寝返りを打った。確かに、そこまでコミュニケーションをとっていない(というか、高無がとろうとしていない)友達と比べたら自分のように家にあがらせてもらえる立場はめちゃくちゃ激レア、超愛されてる、ということなのかもしれないけれども。それでも。
「それなら尚更好きとかちげーよ。お前が俺以外と仲良くしようとしてないだけだよ。みんな最初はお前のこと気―つかってカラオケ行こうぜーとか誘ってたじゃんそれをお前がさあ。つーか、別に俺だってお前が自分から仲良くしてきたわけじゃないし」
そう、今でこそ仲のいい友人まで昇格してはいるが、打ち解けるまでが長かった。神生がことあるごとに話しかけ、話しかけ、どこへ行くにもついていき構い続け、名前を覚えてもらうのにまず一か月、それから名前を呼んでもらえるようになるまでさらに一か月かかった。のちにクラス一同が「まるで囚人が地道にスプーンで壁を削っているかのよう」だったと評するほどに。
――それにやっぱり、上辺では「優しいから」や「趣味があうから」なんて綺麗な言葉を並べていたって、所詮『恋愛』は下心あってこそのものだ。
「お前、俺とキスしろっつったら無理だろ」
高無が湯呑から唇を離して、考え込む。
「あれだぞ、キスってチュッてやつじゃねーぞ。超ディープなやつだぞ。エロいやつ。セックスしなくたってそんくらい恋人なら中学生だってやってんぜ。俺とできるわけ? 無理だろ。気持ち悪いだろ、俺も嫌だわ。……だからお前のそれは、勘違いだよ」
言っている途中から、あ、もしマジだったらどうしよう、という不安が脳裏をよぎった。勇気を振り絞ってカミングアウトしたのにボロクソに言われて傷つくんじゃないか、なんて(高無のそれはカミングアウトというようなたいそうなものですらなかったが)――と、考えたには考えたが、余計な心配だった。高無はただ三回ほど瞬きをして、確かになあ、と笑っただけだった。