ゾディアック 11
「 おばあちゃんも、ミツコの怨念から ユシュリを守ってるんだ 」
「 ばあちゃんか・・ 一緒に住んでた子供の頃は楽しかったな。
亡くなっても、いつかまた会えるのかな 」
「 いつも側にいて、愛する者を見守ってるよ。気付こうと思えば分かるさ 」
「 そうか ・・ ばあちゃんも母さんも、姿を見せてくれないかな 」
「 見えてるものは・・ 」
私がそう言いかけた時、青いフラッシュバックが起こった。
~ 79 ~
チリーン・・
衣擦れの音と共に、小さな手を引く少年の後ろ姿が現れた。
「 ほら、あれがお香水を捧げる観音様じゃ、大きいのお! 」
まだ肌寒い 早春の如月の頃、数人のお供の者達を従えて、寄棟屋根の大きな寺院に参拝した。
私の手を引く前世のユシュリの背中越しに、見上げると大きな観音像が見えた。
「 見えましゅる!兄様、あそこに かか様がおらっしゃりましゅるか? 」
「 かか様は観音様のお国に参られたのじゃ。その菩提の御供養に我等も参ろうぞ 」
「 あい。さすれば、かか様に会えましゅるか? 」
「 ・・・ 」
「 兄様? 」
「 会えまするぞ。目に見えずとも、ここで感ずるのです 」
童女の胸に手を当て、老いた比丘尼が 私の目を見て言った。
その優しい瞳は・・ 今世の祖母だった。
「 目に見えずとも? 」童女が聞くと、比丘尼は静かに頷いた。
ゆっくりと時間が流れ、全てが不思議な安らぎの中に包まれた。
チリーン ‥
美しい鈴の音色と共に デジャブが起こり、目の前の巨大な観音像は半眼の優しい微笑みを湛え、何処かで見た・・
今世の女神島の観音寺院で見た、あの11面観音にそっくりだった。
高音の優しいナディアの風が吹き、女神島で聞いた アリエルの声がした。
見ようとしてはいけない・・
顕在はひとつの魔法 目に映るものは幻
どんなに姿を変えても、大切なものがそこに隠されている
意識が分かっていなくても 私達の本質は分かってるって状態で存在している。
意識のやることなど、全てその道のりに過ぎないのだから・・
バッ!眩しい光と共に
再びフラッシュバックが起こり、気が付くと 私はユシュリと祖母の墓前にいた。
「 確かに、意識が分かっていなくても・・ 偶然なんて無かった 」私は呟いた。
「 ばあちゃんは 信心深かったから、菩提を得たろうな 」拝みながら ユシュリが言った。
小さい頃から、祖母が手を合わせて拝む姿をよく見ていた。
「 煩悩即菩提 喜びも悲しみも味わい尽くせ・・ 」私が言った。
「 感情は判断するものでなく味わうもの。味わい尽くす人間の人生自体が菩提 」
私の口からヤツが言った
「 菩提てボディと同じ音してるな・・ボディは人間の身体か 」ユシュリが言った。
「 そう・・ 私達は人間というこの形態に閉じ込められているスピリット。
煩悩を生む外刺激の五感世界に閉じ込められた 」私の口から、ヤツが言った。
「 煩悩が即菩提て、悟ってなくても悟ってるってか? 」ユシュリが言った。
「 意識が分かっていなくても、私達の本質は分かってるって状態で存在している。
意識のやることなど、全てその道のり“時間”に過ぎないのだから・・ 」
ザザーーーッ!・・ 山から強い風が吹いて来た。
「 おまえが言う所の・・ カルマってやつの改修か 」ユシュリが立ち上がり
私はニヤリとして笑った。
~ 80 ~
魂ちはゆ
冬ごもりせぬ 身代なば
今もこの花
春に かはらず・・
坂を下ると、鬱蒼とした森の中に 屋敷が見えて来た。
高い木立に囲まれて、昼間でも薄暗く 木々を揺する風の音だけが鳴り響いていた。
ザワザワザワ・・
ザワザワザワ・・
「 こんにちは・・ 親父、ミツコさん? 」
軋む引き戸を押し開けて声をかけたが、中はシーンと静まり返っていた。
「 オヤジー?ミツコさんー? 」
「 ・・・ 」
「 畑にでも出てるのかな・・ 」後ろのユシュリに言いながら中へ入ると、目の前にヌッと人影が現れた。
「 うわっ! びっくりした 」
見ると、青い顔をしたミツコが髪を振り乱して立っていた。
「 ミツコさん?・・ 」
ミツコは無言のまま 亡霊のように立ちつくし、明らかに様子がおかしかった。
後ろの部屋の中を見ると、仏間に置かれた祖母の写真が ガムテープでぐるぐる巻きにされていた。
何かが・・ この屋敷の中で起こっていた。
ザワザワザワ ・・
ミツコの 後頭部の辺りから 黒い瘴気のような影が湧き出て来て、徐々に私達を取り囲んでいった。
「 怨霊対決という訳か・・ 」私はニヤリとした。
バッ!青いフラッシュバックと共に、ミツコの放つ瘴気の影は
ドロドロと渦を巻きながら 大きな黒雲となって天を覆い尽くしていった。
その闇の中心から 巫女装束の女の姿が現れた。
オノレ ・・ イマイマシヤ
ナンノ ヤクニモ タタヌクセニ・・
トミモ‥ メイセイモ・・ スベテ
ワラワガモタラシテヤッタノジャ!!
ギャーーーーーーーーーーーッ!!
轟音のような悲鳴を上げ
巫女の顔は夜叉の形相に変わり、叫びながら呪いの呪詛を唱えた。
暗黒の渦巻く瘴気が、蛇のように私とユシュリに襲い掛かって来た。
すると同時に、私の中から三つの霊体が飛び出して来て
その黒い蛇に巻き付くと、まるで二匹の蛇が絡み合うように抑え込んだ。
三つの霊体は、あこ衣を纏った童女と・・母と 祖母の姿だった。
ユルサヌ ・・
オノレ ユルサヌ!!
ユシュリ ----
童女の顔も 見る間に夜叉のような形相に変わり、巫女の放つ瘴気に強く絡み付き
ギリギリと締め上げていった。
ミツコから見れば、私の方が怨霊に見えただろう・・
ここで毎夜 三体の霊と戦っていた。
ガタガタガタ・・!! ポルダーガイストが起こり
屋敷の中は大きく揺れ、ガムテープで巻かれた祖母の写真からも
白い霊気が立ち昇り、ミツコの身体に巻きついた。
ギャーーーーーーーー!!
巫女は もがき苦しみながら、呪詛を飛ばした。
パーーーーーンッ!
何かが割れる音と共に、ユシュリがいきなり外に飛び出して行った。
ユシュリ!
童女が叫び、私もユシュリを追って外に飛び出した。
ミツコは呪縛を解かれて、息を荒げ床にへたれこみながら罵った。
「 おのれ・・ 」そして再び、呪詛を唱えた。
表の通りにユシュリの姿は無かった。
「 何処へ行った・・ 」
辺りを見回していると、納屋から親父の叫ぶ怒声が聞こえた。
納屋へ駆けつけると、火炎除草機を振り回しながら 親父が、
立ち竦むユシュリに襲い掛かっていた。
「 何やってんだ!親父!しっかりしろ 」
私は親父に掴みかかり止めたが、親父の目は・・ 私を見ず
まるで、狂気に憑りつかれた ユシュリの犬と同じ目をしていた。
物凄い力で私を押し退け、ユシュリに襲い掛かろうとした。
「 親父!!私だ!マリオンだ、しっかりしろよ!! 」私は何度も叫んだ。
「 今日はユシュリと墓参りに来ただけだ!!親父!」
ヒトデハ ナク・・ アセンデットダケヲ アイテニシテ ・・