ゾディアック 11
「 え?本当か?ここに住む事は了承済みだし、出来る事は協力すると言っていたのに・・ 」
私はそう言いながら、それがミツコの本音で無い事は解っていた。
「 ここはユシュリの育った家で跡継ぎなんだし、戻るのは当然だろう。
私やユシュリに言わず、弱いデミに言うのが・・何かイヤラシイな 」
ザワザワ・・
オノレ
オマエナンゾニ・・ ナニモ ワタサヌ
オマエナンゾ・・ イナクナレバイイ
家に充満する暗く氷のような冷気は、ミツコの放つ怨念だった。
呪詛や占いを業とする あずさ巫女と呼ばれた、千年前からの・・
呪術を心得る者は、呪咀を人に送りつける術も心得ていただろう。
私は、今日ミオナがくれた本を思い出した。
古来 陰陽師が、もののけを追い払う為に使っていたと言う祓いの言葉
手で刀印を作り「 臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前 」掛け声とともに
空に九字切りをし唱えた。
「我等に 怨みかくるる言われなし、全て返せ今日の式神 」
キィーーン・・
淀んだ冷気の中に、一筋の風が吹き抜けて行った。
翌朝、ミツコから電話が掛かった。
「 昨夜、三体の霊体が現れた・・ あれは魔物か? 」
弱々しい声でミツコは私に言った。
「 三体?・・母と・・祖母?そして・・私。実家でユシュリと共に
過ごしたユシュリを愛する家族の念だろう 」私は言った。
「 いつも全てを尽くし、成功に導いてやりながら何故報われぬ! 」ミツコは吐き捨てるように言った。
「 ・・親父が選挙に勝ち、王家から勲章を賜ったのも、全てミツコさんのお蔭だ 」私は言った。
「 しかし、純粋な愛から生まれぬ奉仕は その見返りを求め、修羅に苦しむ事になる 」
オマエナンゾニ・・
ナニモワタサヌ
オマエナンゾ・・ イナクナレバイイ
ザワザワザワ・・
黒いあずさ巫女の影が 闇に蠢いていた。
「 愛はそれ故以外に、何も無いのさ。あんたが探し求めて来た高尚さは
あんたが自分自身を見つけれない苦しみだ。誰も与えてくれはしない 」
電話でヤツが、ミツコに言った。
月は心・・ 魂を映す鏡
「 ひいぃ・・ わらわは月は嫌いぞ! おまえは一体何者じゃ!? 」
ザワザワザワ・・
ザワザワザワ・・
チリーン・・ 綺麗な鈴の音と共に
霊を宿らせた、ミツコの声色が変わった。
「 愛が勝つ・・ 」小さな声で私に囁いた。
~ 77 ~
「 愛が克つ 」私は繰り返した。
受話器の向こうで・・ ミツコが何かを呟いたが
よく聞き取れなかった。
ザワザワ ・・
プ -------------- ・・
しばらくして、電話は切れた。
ミテハナラナイモノモ アルノ
目の前に、唐衣姿の小さな童女が 青いホログラムのように現れた。
私の過去世カルマのシャドウだった。
「 先に進むしかないよ。もう後戻りは出来ない 」私は童女に手を伸ばした。
ザザーーーッ! 疾風と共に桜吹雪が舞い上がり
童女の姿は掻き消えて、声だけが残った。
アイスルモノト イツモ ワカレナケレバナラナイノ・・
「 愛する者との別れ? 」
目の前に 抜けるような青空が広がり、エジプトの神官だった少年の過去世が現れた。
幼なじみの王女の華やかな輿入れを見送っていた。
青空が悲しみで一杯に染まると、次に 魔女と呼ばれて居た森が現れ
村人達から焼き討ちに遭った 小屋の燃え痕に 色白の少女が立ちつくしていた。
一緒に暮らしていた、あの子はあの後どうなっただろう・・
「 そうだ、 私はいつも愛する者を守れなかったんだ 」
マインドの森に眠る記憶を、次々に思い出した。
カカサマ・・ アニサマ・・
再び 童女の声が聞え
花びらが・・ 雨のように舞い散る
涙で霞む視線の先に、巫女装束の女が立ち去って行く姿が見えた。
ユルサヌ!!ユルサヌ!!
カナラズ、カナラズ!!!
「 ユシュリーーーー!!! 」
たった5年生きただけの、千年前のカルマ
「 これは幻視だ。マインドに耳を傾けてはいけない! 」
私は振り切るように 目を閉じた。
クスクス・・ クスクス・・
ネエ、ミーツケタ?
クスクス・・
金髪の少女が囁く深い森の奥に、私は迷い込んで行った。
ふと立ち止まると、目の前に自分の姿が映っていた。
私は、鏡の中に閉じ込められていた。
左右を見ると、合わせ鏡のように 森の中にいる自分の姿が幾つも重なって映り込み
トンネルのように果てしなく 何処までも繋がっていた。
「 人間歴のマインドを映した鏡・・ 」
ヒトデハナク
アセンデットダケヲ アイテニシテ
声がして前を見ると、満開の桜の木の上に サラクエルの姿が現れた。
「 これが、今 」私が鏡に触れると、幻視は消えた。
アイガカツ
受話器からミツコの声がして、電話が切れた。
先程の同じ時間を繰り返していた。
「 アイが剋つ 」
私はベットから起き上がると、シャワーを浴びて ユシュリの家に向かった。
~ 78 ~
ドアは開いていた。
中に 人の気配は無く、物が散らかっていた。
まるで 慌ただしく出て行ったかのように
ガルル・・
家に入ると唸り声がした。
ユシュリの黒いテリアが、今にも飛び掛りそうに私を睨んだ。
「 前 一緒に遊んだろ? 忘れたの? 」
ボールを投げると取って来る、人懐こい犬だった
それが、まるで別の凶暴な犬に変わってしまっていた。
ザワザワザワ・・
何かが・・ 犬の中に入って操っているように見えた。
私をこの家に入れない為に
グワァッー!!!
犬が飛び掛って来て、私は払い除けた。
バシッ!! キャイン!!! ドタンッ!
「 悪い子だ・・ 」
私は犬の首根っこを掴むと持ち上げて、目を見た。
憑かれた者は、目の色を失う。
犬は、どんよりと曇った虚ろな目で 私を見つめた。
居間に行くと、ユシュリがソファに座っていた。
ザワザワザワ・・
「 ユシュリ・・ 」
「 ああ、マリオンか・・ どうした? 」
ユシュリの目は、犬と同じ色をしていた。
「 行くぞ、オヤジの所へ 」
「 オヤジの家? 」
私はユシュリを車に乗せ、田舎のオヤジの家へ向かった。
ミツコの巣食う場所へ・・
「 私達のカルマを断ち切るんだ! 」
「 カルマ? 」
「 私とユシュリは 千年前も兄妹で生まれ、巫女の呪いに遭ったのさ 」
「 巫女の呪い? マリオン、おまえ大丈夫か? 」ユシュリは笑った。
「 今世のミツコだ 」
「 ミツコさんが? 何で俺達を呪うんだ? 」
「 ・・ 私達の存在で、自分が不幸になると思い込んでる 」
「 勝手だなぁ 」
「 そうさ、人の思いは勝手なもんだ。
その強いマインドの投げ合いが、千年を超えてカルマとなる・・ 」
「 面倒くさいな。自分を楽しめばいいじゃないか、人の事なんか 」
「 自分を楽しめないのさ、そういう人間は
他人と比較しなければ、自分を見つけれないんだ 」
祖母の墓に着いた。車を降りて、一年ぶりに花を供えて拝んだ。