中年スマッシュ 君に届け
そして、翌週もコテンパンにやられた。その翌週も、まるでかなわなかった。
とり憑かれたように毎週、僕は弘美のスマッシュに立ち向かって行った。
1ヶ月ほどした頃、ようやく弘美のスマッシュを何本かラケットに当てて返せるようになった。
弘美の強いスマッシュを受けることが、僕の快感になり、彼女との楽しい会話のようだった。
僕もだんだん、若い頃の感を取り戻してきた。
弘美に向かって思いっきりスマッシュを打ち返したりもした。それでも、あっさり返される。
なんともいえない失望感と連帯感がごちゃまぜになり、それでも爽快だった。
バドミントンをやり始めて体の調子も良くなった。新しく心の中に新芽が生まれるように、ぐずぐずした生活から何かが変わってきている気がした。
2ヶ月も経つと、メンバーも顔見知りになり、いろいろバドミントン以外の話しもするようになった。
僕は弘美のことが気になり、本人に聞けないことをまわりのメンバーに聞いたりした。
弘美は1年前から、ここに通い、実力もあることから中心メンバーになってるそうだ。
だけど弘美の家庭のことや私生活になると、みんな口を閉ざした。
何か聞いてはいけないものを聞いているような感じだったので、それ以来、弘美のプライベートは聞かない事にした。
弘美は何かを忘れるようにバドミントンに熱中していた。
弘美のことを知りたいと考え始めたら、やたら気になった。
最初は弘美のスマッシュだけが一番の興味だったのに、今は弘美自身が興味の対象になった。
一心不乱に打ち込む弘美の躍動する体を目で追いかけながら、彼女の人生を想像してみた。
僕との出会いはいつだったのか?あんまり覚えちゃいない目立たない存在だったはずだ彼女は。卒業式にラブレターを貰って失礼なことをして、それから国体選手に・・・それから・・・
何にも浮かばなかった。綺麗に高校を卒業してから、ぽっかり空白が出来ている。
弘美をより知りたいと思うのは、恋の始まりなんだろうか。
どこで、何をして、どんなふうに生きてきたか。空白のままじゃ何か心に棘が刺さったようだ。
僕は弘美のことをもっと知りたくなった。
作品名:中年スマッシュ 君に届け 作家名:海野ごはん