中年スマッシュ 君に届け
翌週、夕方7時。僕は町の小さなバドミントン同好会に参加した。
自己紹介をすると、いらっしゃいの拍手をもらった。なんだか気恥ずかしい。
一通りの準備体操が終えると、各二人に分かれて、大きくクリアの練習をした。
クリアとはコートの端から端まで、高く遠くシャトルを打ち上げる基本となるストロークだ。
僕はスマッシュのうまい、あの彼女と組むことになった。
僕がある程度出来る経験者だとわかると、彼女は速く強くエンドラインのぎりぎりまで打ってきた。
残念ながら、クリア一つにとっても、組んだ彼女のほうが僕よりうまかった。
クリアひとつでわかる。大きな綺麗な安定した軌道。乾いた心地よい音。
どれをとっても彼女にかなわなかった。そして、久しぶりの運動は僕の体が悲鳴を上げた。
ずいぶん体力が落ちたもんだ。高校生の頃までとは行かないけれど
せめて、もうすこし・・・。クリアだけでこんなに息切れをするとは思わなかった。
そんな僕を見て彼女は笑っていた。
「大丈夫ですか?ひさしぶりなんでしょ」
「あっ、ハイ、高校以来だったもんで、舐めてました」
「でも、他の方よりお上手ですよ」
「ありがとうございます」
それから30分ほど二人で基本練習をした。懐かしい体の動きだった。
額の汗が落ちるたび若返るような気がした。1時間もするとだいぶ感を取り戻し自分でもさまになって来たもんだと思った。
ダブルスのゲームをしようということになった。
僕はあの、最初にここで見たスマッシュに会えると思ったら武者震いがした。
久しぶりのゲームの緊張感が心地いい。
相手コートに彼女が立った。お望みの設定だった。
相手のサーブ、ちょこんと来たやつを大きくクリアして、彼女がまたエンドラインぎりぎりまで大きくクリアする。僕のクリアは遠くに飛ばず甘いところに上がった。
彼女は挨拶と言わんばかりに、僕の体めがけて、あのスマッシュを打ってきた。
速い!遠くで見るのとわけが違う。時速200kmぐらいのスマッシュが襲いかかる。
反応も出来ないまま、あえなくシャトルが僕の胸を直撃した。
いきなりの洗礼だ。
「痛っ!」
「大丈夫ですか?」彼女は笑って近寄る。それで少し闘志に火がついた気がする。
「あっ、いえ、大丈夫ですから」気が引き締まった。
緊張感とスピード、瞬発力に瞬時の判断。だんだんのめりこんでいく自分がいた。
気がついた時には、あっさりと彼女のチームに負けていた。歴然とした差があった。
ゲームが終わり、握手をした。
すると、彼女は
「相変わらず、弱いんですね」と言った。
「ん?相変わらず・・・・」
僕は彼女の顔を見た。覚えがなかった。どこかで昔、試合をしたことあったかなと思い出してみる。
女性と試合したのは高校生以来だから・・・・
「あ~、まさか・・・」
「やっと、思い出してくれました?同じ高校の弘美です」
「弘美ちゃん・・・あぁ~弘美ちゃん・・・そうか、気がつかなかった」僕は驚いた。
「先輩だとすぐわかったけど、私の事、気づかないからコテンパンにしてやりました」と笑った。
「だぁ~、ごめん、ごめん。強い。強すぎる」
「あれから、国体にも出たことあるんですよ」
「え~、じゃぁ、かなわないはずだ。速すぎて見えなかった」
「まだ、はじめたばっかりだから、徐々に慣れてきますよ、先輩」
「いや、いや、今まで遊んでた僕は、もう君にかなわないよ」
「そう、先輩はバドミントンより得意なものが他にたくさんありましたからね~」と彼女は笑った。
44歳の彼女は昔の面影がなかった、と言うか、僕が昔はあまり気にしてなかったからだろう。
髪も短くなり、こんなに美人だったかなと思うくらい大人になっていた。
正直、この時はラブレターをもらったことやピッグのことなんて思い出せなかった。
30年近くの月日は、青春の思い出さえ遠くのかなたに追いやってるみたいだ。
同じ歳くらいなのに彼女の体はばねのようで、若々しさそのものだった。
僕とは10歳以上も違う気がした。
作品名:中年スマッシュ 君に届け 作家名:海野ごはん