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愛を抱いて 30

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「この街へ来るとやっばり、鉄兵君と初めて逢ったあのディスコを思い出すわね。
覚えてる? 
鉄兵君。」
「勿論。
あの夜の君は素敵だった。」
ディナーを並べるにはテーブルはあまりに小さ過ぎたが、我々は食器を重ね合って食事をした。
テーブルの上が片付くと、皆でカクテルを注文した。
「それにしても、残念だったわ。
鉄兵君、がっかりしたでしょ?」
ノブが云った。
「そんなでもないよ。
どうせ何れまた行くんだもの。」
「そうね…。」
「君はもう懲りてしまったかい?」
「いいえ。」
「そう、良かった。
じゃ、今度はちゃんと時間を確認して一緒に行こう。」
「今度も誘ってくれるの?」
「当然。
一緒に行ってくれるかい…?」
「ちょっと…、何か2人きりで良いムードになってない?」
ヒロ子が云った。
「ノブちゃん、気をつけなさいよ。
鉄兵君は危ないんだから。」
世樹子が云った。
「そう…?」
ノブは笑った。
「そうなのよ。
自分では大丈夫と思っていても、気がついたらもう鉄兵君のペースに乗せられてるの。」
「鉄兵に対してはね、石橋を叩いて渡らないぐらいの心構えでいなきゃ。」
「フー子、どうでもいいけど、髪が焼けてるぜ。」
フー子はテーブル・ライトの横で頬杖を突いていた。
「え…!」
フー子は愕いて身を起こした。
「嘘よ。」
世樹子が云った。
「全く、鉄兵君は…。」
ヒロ子とノブは笑った。
「ああっ…、本当に焼けてるわ…!」
フー子が自分の髪を見ながら、悲痛な声を上げた。
皆、フー子の髪に注目した。
「まあ…、冗談じゃなかったの…?」
世樹子が丁寧に髪を調べてやった。
私も愕いていた。
「大丈夫、ちょっと焦げた程度みたいよ。」
「うん、全然変わってないよ。
元々、全部焦げてる様なものだし…。」
そう云って、私は女達に睨まれた。

 「ノブちゃん、冬休みはどうするの?」
私は云った。
「どうって、どうもしないわよ。
自宅だから、帰省もできないし…。」
「アルバイトは?」
「別に今の処、する予定はないわ。
暇なんだけど…。」
「ノブちゃんは年末にスキーに行くのよね。」
世樹子が云った。
「…じゃ、年が明けたら、1日くらい身体の空く日があるかな?」
「日頃遅く帰ってたりしてると、正月なんかは家に居て家族の行事に従わなきゃいけないものなのよね…。」
また、世樹子が云った。
「世樹子、俺はノブちゃんに話してるんだから、少し口を控えてくれないか。
君には何も訊いてない。」
この言葉が、いけなかった。


                           〈六〇、東京タワー〉





61. 親子丼とミステリー


 我々が東京タワーを遠ざかった頃から、雨は次第に上がり始めていた。
店の硝子窓は曇っていて、雨が完全に止んだのかどうかは解らなかった。
まだ、沈黙は続いていた。
私の一言で突然皆黙ってしまい、テーブルは不穏な空気に包まれた。
私はすぐに、
「あれ? 
みんな、どうしちゃったの…?」
と云ってみたが、全くフォローを成してなかった。
ノブはただ愕いて、皆の表情を直接見ない様にテーブルの真ん中辺りを見つめていた。
世樹子は下を向いていた。
フー子は焦げてしまった自分の髪を、指で眼の前へ引っ張って視ていた。
ヒロ子は窓の外を眺めていた。
気の遠くなりそうな重い時間が流れた。
「私、いっそ短く切っちゃおうかしら…。」
フー子が云った。
「本当…? 
よく考えてからにしないと、切った後、伸びるまで憂鬱で仕方ないって事になるわよ。」
ヒロ子が振り返って云った。

 地下鉄の中で、彼女達はノブとヒロ子が飯野荘へ泊まる事を話していた。
午後10時頃、我々は中野へ帰って来た。
私はノブと並んで他の3人より少し前を歩いた。
「俺は君を見損なっていたらしい…。」
私は云った。
「今夜の君は凄く綺麗に、大人っぽく見えたよ。」
本当であった。
「ありがとう。」
ノブは微笑みながら云った。
「実は化粧を濃くしてみたのよ、今夜は…。
だから、きっと化粧のせいよ。」
私はノブの顔を見つめた。
確かにファンデーションと頬紅が少し濃く、口紅の色も派手目であった。
しかしマスカラはしてなく、アイ・ラインとシャドウも普段通りのおとなしいものだった。
にも拘わらず彼女の目もとは、いつもより何倍も輝いて見えた。
私は云った。
「いや、違うよ。
俺は化粧に騙される様な男じゃない。
君は変わったよ。
随分、美しくなった…。」
ノブは恥かしそうに私から視線を外して、前を向いた。
「嬉しいけど…、あまり褒めてるとまた、世樹子ちゃんに怒られるわよ。」
「え…? 
…そうだな。」
我々は中野通りが右に折れる、大きなポスター看板の前までやって来た。
飯野荘へ行くには、そこから中野通りを横切って西へ歩かねばならなかった。
「そう云えば、柳沢に、酒を用意しておくから君等を誘う様、言付かってたんだ。」
私は云った。
「あら、本当…?」
ヒロ子は気を持った風に云った。
しかし、「じゃあ、おやすみなさい。」と云って、世樹子とヒロ子とノブの3人は横断歩道を渡って、あっさり行ってしまった。
残ったフー子と私も歩き始めた。
「フー子、君はどうする?」
「今夜はまっすぐ帰るわ。」
「そう。
じゃ、送ってくよ。」
「ありがと…。」
雨はすっかり上がり、空は晴れている様だった。
私はフー子が自分の部屋に入ってしまうまでに、彼女からでき得る限り沢山の世樹子に関する情報を聴き出さなければならなかった。
「明日は楽しみにしてるよ。」
私は云った。
「ああ…、明日ね。
やっばり、作らなきゃいけないかしら…。」
フー子は唇に人差し指を当てながら云った。
「何だ、厭になってしまったのかい?」
「そうじゃないけど…。」
「無理に作らせようとして悪いのは解ってるけど、ただ君の優しさに縋りついていたかったのに…。」
「解ってるわよ。
ちゃんと作ります。
7時頃でいいかしら?」
あっと言う間に彼女のアパートの前へ来てしまった。
「御免ね。」
私は云った。
「何? 
親子丼の事、真面目に気にしてるの?」
私は頷いた。
「いいのよ。
本当は私も明日が楽しみよ。
何か鉄兵らしくないわね…。」
私は訴える様に彼女の瞳を見つめた。
彼女は笑顔の他には何も見せず、
「送ってくれてありがとう、おやすみなさい。」
と云うと、階段を上って行った。
私は煙草に火を点けると、三栄荘へ向かった。
結局、フー子の様子からは何の感触も得られなかった。
愛を手放すには、夜はもう寒過ぎる様に思えた。

 次の日も、私の頭は世樹子の事に占領されていた。
私は彼女の悪意がかった行動が、ジェラシーに因るものだと想像していた。
それならば、彼女の気持ちが冷めてしまってるわけではないと、結論できた。
私と逢うのを止そうと彼女が決めた理由は、やはりあの児童公園の出来事にあると考えるのが一番妥当の様だった。
ただ、あれ程限りなく優しかった女の心が、荒んでしまった事が哀しかった。
私は彼女を救いたいと思った。
作品名:愛を抱いて 30 作家名:ゆうとの