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愛を抱いて 30

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そして、愛を取り戻したかった。

 体育の授業の後、クラスの連中に付き合っていたため、私が中野に帰って来たのは午後8時頃だった。
三栄荘の階段を上って、私の部屋のドアを開けると、柳沢が1人で親子丼を食べていた。
「あれ? 
フー子は?」
私は訊いた。
「ああ、作ってから、さっさと帰ったぜ。」
柳沢は答えた。
「帰った…? 
どうして…?」
「さあ…? 
何か用事があるとか云ってた。」
「そうか…。」
私はコタツ板の上に置かれた、もう1つの丼の蓋を開けてみた。
「ごちそうさま。」と云って、柳沢は箸を空の丼の上に置いた。
「お前が帰って来るのをずっと待ってたんだけど、随分遅いから先に食っちまったぜ。」
「ああ、済まん…。」
そう云って私は、ほとんど冷めかけた親子丼を食べ始めた。

 私が食べ終わってしばらくすると、ドアをノックする音が聴こえた。
開けるとフー子だった。
「食べた…?」
「うん、とても美味しかったよ。」
「そう、良かった。
食器を回収に来たのよ。」
「今、洗いに行こうと思ってたんだ。
いいよ、自分で洗って…。」
しかしフー子は「片付けるまでが、作ってあげるって事なのよ。」と云い、さっさと丼を持って、下へ降りて行った。
「何と、至れり尽せりだな…。」
柳沢が云った。

 フー子は手ぶらで戻って来た。
「丼は?」
私は訊いた。
「下へ置いて来たわ。
後、帰りに持って行くから…。」
コタツ板の上を拭きながら、彼女は云った。
「用事は済んだの?」
「え…? 
ああ、卒業製作の事で友達に訊きたい事があったから、電話する約束だったの。
もう終わったわ。」
「そう。
じゃあ、少し座って行きなよ。
作らせるだけで帰しては悪いから…。」
「ええ、そのつもりよ。」
フー子はコタツの中に膝を入れた。

 「鉄兵、世樹子をもっと大事にしなきゃ駄目よ。
あんな良い娘は、滅多にいやしないわ。」
柳沢がトイレに立った時、フー子はそう云った。
私は全身を緊張させた。
「ああ、解ってる。
しかし、君等の演技力には全く感心させられたよ。」
「何の事よ。
とにかく、世樹子を泣かせたりしたら承知しなくてよ。
それで、香織にはまだ何も云ってないの…?」
私は茫然とフー子を見つめた。
フー子は少し愕いた様に見つめ返した。
「どうしたの…? 
別に口出しするつもりはないのよ。
ただ、世樹子を…、鉄兵?」
私は心の中で泡を食っていた。
(何と言う事だ…。
まさかとは思ったが…、フー子は何も知らない…。
ヒロ子は…? 
恐らく彼女もそうだろう…。
ならば、ゆうべ、私と世樹子以外の者は、ノブもフー子もヒロ子も、何も知ってはいなかったのだ…。
世樹子は誰にも話をしていない…。
いったい…。)
「いったい、どうしたんだ?」
部屋に戻った柳沢が云った。
「鉄兵ったら、少し変なのよ。」
「鉄兵が変…? 
親子丼に当たったのかな?」
「まあ…! 
今夜のは全部、新しい材料をわざわざ買って来て作ったのよ。」
私は何とか平常を装おうとしたが、表情が引き吊るばかりであった。
フー子はやや心配そうな顔つきになって、「世樹子と何かあったの?」と、眼で尋ねていた。
私は煙草に火を点けると、心を決めて、彼等に1週間前、野方の児童公園で起こった事について語り始めた。

 「そんな事があったの。
知らなかったわ…。」
フー子は云った。
「でも心配要らないと思うわよ。
世樹子もそれくらいの事は、覚悟してたはずよ。」
「本当に久保田には見つからなかったんだろ? 
なら、何も問題はない。」
柳沢も云った。
私はもう一度、よく整理し直して考えてみた。
児童公園で香織と擦れ違ったのは、12月2日の夜であった。
そして世樹子が受話器の向こうで変わってしまってたのは、12月7日の夕刻だった。
また、12月3日の夜に、私は世樹子と逢っていた。
(そうだ…、あの夜、世樹子は俺の部屋に泊まって行ったではないか。
彼女に変わった様子等、別になかった。
とすると、4日から7日の間に、彼女の気持ちは変化を来たしたのだろうか? 
それならば、児童公園の事は何の関係もないのか? 
しかし、1日2日おいてから、彼女の中で困惑が生じたとも考えられる…。)
私は12月7日の事は、つまり世樹子が私を避け始めている事は、話さないでおいた。
「フー子、君は本当に世樹子から、何も聴いてないのかい?」
私は改めて尋ねてみた。
「ええ、何も聴いてないわよ。
信用してよ…。」
「お前、もしかして、今、世樹子と旨く行ってないのか?」
柳沢が云った。
私は曖昧な返事をした。
「まあ、彼女はお前を愛してるんだから、何も気に病む事はないと思うな…。」
不意に私は、私の全く知らない何かが起こっているのではないか、という気がした。
私は早急に2人きりで世樹子に逢わなければならないと思った。


                         〈六一、親子丼とミステリー〉



作品名:愛を抱いて 30 作家名:ゆうとの