UFOとそら、そして私
UFOとそら、そして私
少年は空を見上げた。
私はその様子をただ見つめていたのだ。
そして少年は、もう一度こちらを見て微笑むのだ。
そして、私もまた、その様子を見て微笑むのだった。
その年の冬の空は曇りがちだったが、それでも時折見せる空へと私はちらりちらりを目を向ける。その空の向こうに何かがあるんじゃないかと、期待するように夜空を見つめるのだった。
あの少年のように――。
それはある金曜の夜のことだった。一週間を終え、次の一週間を越える為に人々はサタデーナイトを楽しむのだ。最早死語と化している言葉であるが、それは世に言うサタデーナイトフィーバーである。
その金曜の夜にも、頬を刺すような冷たい風が訪れていた。
『きゃはは、ふゆだぞー』
『ゆーきやこんこん、あられやこんこん』
ジャックフロストが楽しそうに踊る。
今年の日本の寒気はこいつらの仕業だったのではないだろうか。どこに行ってもこいつらの姿を見たし、豆狸の言によれば、どうも今年は日本旅行がジャックフロストたちのブームだったらしい。その所為で孤立集落が出たり、十数時間車の中でトイレを我慢した人たちがいたのかと思うと何とも言えない気持ちになるのだ。
あまりの寒さに、私は自販機で暖かい飲み物を買ってしまう。ちょっと歩き疲れたし、公園で一服しようかとも思ったのだ。
私は冬晴れの夜空を見上げる。オリオン座が目に入る。アレは素人の目でも見つけやすいし、冬の星座の代表とも言えるだろうか。
ふと、オリオン座の三連星の周りで不自然な動きを見せる光があった。オリオンのベルトをくるりくるりと回り、そしてジグザグと動き回った後にさそり座の方へと向かって消えた。
あー、うん。妖怪とか妖精とか、それ以外にもUFOの類も良く見るようになったんだよなぁ。
その謎の光を見ていたのは、私だけではなかった。
男の子が一人、私から少し離れた所で私と同じように空を見上げていた。
少年は、こちらの視線に気付く。そして逃げるように公園を後にした。
さて、では、そろそろ自己紹介をするとしよう。
私はよーこ。霊感ならぬ妖感がある人間だ。
――自称、霊感持ちの人間は山ほどいる。本物もいれば、偽物もいる。どうあれ、彼らは幽霊を見ることができると言われている。
私の持っている妖感は、幽霊だけではなく、妖しの類――要は妖怪も見ること、いや、認識することができる。
普段妖怪や幽霊というのは、人が感じることができない存在だと言われている。見ることができない。よしんば見ることがあっても、それが妖怪だと気付かない。妖感を持っていない人間からすれば、そこにいないモノ、そこにいるが気にならないモノ、そこにいるが怪異として認識されないモノ、その他の何れかとして扱われるという。
さて、自己紹介が終わったところで、今日の御話に入ろうとしよう。
その少年はこの冬になって良く見かけるようになった。その様子が気になって、私も気が付けばその公園に足を運んでしまう。
少年は今日も公園に来ていた。晴れの日には確実に彼は現れるのだ。
少年は空を見上げている。
私はその様子をただ見つめるのだ。
そして、私が空を見上げる頃、その光は現れる。UFOである。UFOは夜空に無軌道で縦横無尽な光の尾を描き、やがて夜空の中に消えて行く。
そしてUFOを見送った少年はやがてこちらに気付き、怯えて公園から逃げ去ってしまうのだ。
だが、いつまでも同じことは続かない。いつものようにUFOを見送ると、少年はこちらに気付く。怯えて逃げ去るのまでは同じだったのだが、今夜は公園の外からジィっとこちらを伺っていたのだ。UFOを見る夜には毎回変な女が一緒にいるのだから、不思議に思わない訳がない。
声を掛けようかと思ったが、止めておいた。今声を掛けてもまた怯えさせるだけだ。
私は少年の様子を見止めると、気付かないフリをして公園を去る。そしてこれもまた、二~三回ほど繰り返しただろうか。遂に少年は公園から逃げるようなことをしなくなった。
しかし、距離は依然遠いままだ。まあ別にあの少年と特別な仲になりたいわけではなかったのだが、こちらもこちらとて、UFOと共に見る少年に対して好奇心がなかったわけではないのだ。いくら私が妖怪だの妖精だのが見える体質だからと言って、こうも同じことが続けば、錆付き始めていた好奇心がぎぎぎと動き始める訳だ。
そしてその夜も、UFOは現れる。
二人して夜空を見上げて、UFOの軌跡を追うのだ。傍から見ればなんと間抜けな姿だろうか。
「ねぇ、UFOだと思う?」
そして、私は少年に声を掛けた。
少年は小動物にように身体を震わせるが、やがて意を決したように「うん」と頷いた。
「UFOって信じてた?」
少年は、迷うように首を垂れ、やがて「うん」と頷いた。
「私も信じてたよ、子供の頃は」
「え、あ、でも」
「うん、見たよ。あれはUFOだよ」
信じていた。地球に現れる宇宙人の乗る未確認飛行物体。地球の生き物を捕まえて、実験し、発信器を埋め込んでリリースする。そんな怖ろしげでミステリアスな都市伝説を。そして、夜空に尾を引く未確認飛行物体を幼き私は探していた。
しかし、いつぞやそんなことをしなくなった。別に妖怪、妖精、お化け、UFOを簡単に見れるようになったからではない。きっと、大人になったのだ。
UFOのような不思議なモノに関心を示さなくなったことに気付いた時、私はいつの間にか大人になってしまったのだと確信した。
私は懐に突っ込んでいたココアを、ベンチに置く。
「あげるよ。別に悪いモノは入ってないから、安心して飲みな」
そう言って、私はその公園を後にした。初めて、少年より先に私は公園を出たのだ。
その夜から、少年と私は並んでUFO見物をするようになった。
二人して空を見上げ、首を同じ方向に動かす。やっぱり間抜けだ。
「ねぇ。お姉さんは宇宙人になれたら、と思ったことはない?」
「それってキャトルミューティレーション?」
「いや、そーじゃなくて」
そーじゃなくて。そう言って、少年は微笑む。
「この空の向こうには、どんな光景が広がっているんだろう、って。そう思うと、宇宙人になれたら見れるのにって」
「うーん、お姉さんは地球人で良いかな。別に宇宙も宇宙人が嫌いって訳じゃないけど、我が家のコタツで食べるミカンが恋しいからね」
「そっか……じゃあ、僕が宇宙人になったら、お姉さんはどう思う?」
「分かんないや。でも、君の夢が叶うということだけは、多分喜んで良いんだと思う」
少年は笑う。そして、彼は空を見上げる。
私はその様子をただ見つめる。
少年は、またこちらを見て微笑んだ。
そして、私もまた、その様子を見て微笑むのだった。
少年は空を見上げた。
私はその様子をただ見つめていたのだ。
そして少年は、もう一度こちらを見て微笑むのだ。
そして、私もまた、その様子を見て微笑むのだった。
その年の冬の空は曇りがちだったが、それでも時折見せる空へと私はちらりちらりを目を向ける。その空の向こうに何かがあるんじゃないかと、期待するように夜空を見つめるのだった。
あの少年のように――。
それはある金曜の夜のことだった。一週間を終え、次の一週間を越える為に人々はサタデーナイトを楽しむのだ。最早死語と化している言葉であるが、それは世に言うサタデーナイトフィーバーである。
その金曜の夜にも、頬を刺すような冷たい風が訪れていた。
『きゃはは、ふゆだぞー』
『ゆーきやこんこん、あられやこんこん』
ジャックフロストが楽しそうに踊る。
今年の日本の寒気はこいつらの仕業だったのではないだろうか。どこに行ってもこいつらの姿を見たし、豆狸の言によれば、どうも今年は日本旅行がジャックフロストたちのブームだったらしい。その所為で孤立集落が出たり、十数時間車の中でトイレを我慢した人たちがいたのかと思うと何とも言えない気持ちになるのだ。
あまりの寒さに、私は自販機で暖かい飲み物を買ってしまう。ちょっと歩き疲れたし、公園で一服しようかとも思ったのだ。
私は冬晴れの夜空を見上げる。オリオン座が目に入る。アレは素人の目でも見つけやすいし、冬の星座の代表とも言えるだろうか。
ふと、オリオン座の三連星の周りで不自然な動きを見せる光があった。オリオンのベルトをくるりくるりと回り、そしてジグザグと動き回った後にさそり座の方へと向かって消えた。
あー、うん。妖怪とか妖精とか、それ以外にもUFOの類も良く見るようになったんだよなぁ。
その謎の光を見ていたのは、私だけではなかった。
男の子が一人、私から少し離れた所で私と同じように空を見上げていた。
少年は、こちらの視線に気付く。そして逃げるように公園を後にした。
さて、では、そろそろ自己紹介をするとしよう。
私はよーこ。霊感ならぬ妖感がある人間だ。
――自称、霊感持ちの人間は山ほどいる。本物もいれば、偽物もいる。どうあれ、彼らは幽霊を見ることができると言われている。
私の持っている妖感は、幽霊だけではなく、妖しの類――要は妖怪も見ること、いや、認識することができる。
普段妖怪や幽霊というのは、人が感じることができない存在だと言われている。見ることができない。よしんば見ることがあっても、それが妖怪だと気付かない。妖感を持っていない人間からすれば、そこにいないモノ、そこにいるが気にならないモノ、そこにいるが怪異として認識されないモノ、その他の何れかとして扱われるという。
さて、自己紹介が終わったところで、今日の御話に入ろうとしよう。
その少年はこの冬になって良く見かけるようになった。その様子が気になって、私も気が付けばその公園に足を運んでしまう。
少年は今日も公園に来ていた。晴れの日には確実に彼は現れるのだ。
少年は空を見上げている。
私はその様子をただ見つめるのだ。
そして、私が空を見上げる頃、その光は現れる。UFOである。UFOは夜空に無軌道で縦横無尽な光の尾を描き、やがて夜空の中に消えて行く。
そしてUFOを見送った少年はやがてこちらに気付き、怯えて公園から逃げ去ってしまうのだ。
だが、いつまでも同じことは続かない。いつものようにUFOを見送ると、少年はこちらに気付く。怯えて逃げ去るのまでは同じだったのだが、今夜は公園の外からジィっとこちらを伺っていたのだ。UFOを見る夜には毎回変な女が一緒にいるのだから、不思議に思わない訳がない。
声を掛けようかと思ったが、止めておいた。今声を掛けてもまた怯えさせるだけだ。
私は少年の様子を見止めると、気付かないフリをして公園を去る。そしてこれもまた、二~三回ほど繰り返しただろうか。遂に少年は公園から逃げるようなことをしなくなった。
しかし、距離は依然遠いままだ。まあ別にあの少年と特別な仲になりたいわけではなかったのだが、こちらもこちらとて、UFOと共に見る少年に対して好奇心がなかったわけではないのだ。いくら私が妖怪だの妖精だのが見える体質だからと言って、こうも同じことが続けば、錆付き始めていた好奇心がぎぎぎと動き始める訳だ。
そしてその夜も、UFOは現れる。
二人して夜空を見上げて、UFOの軌跡を追うのだ。傍から見ればなんと間抜けな姿だろうか。
「ねぇ、UFOだと思う?」
そして、私は少年に声を掛けた。
少年は小動物にように身体を震わせるが、やがて意を決したように「うん」と頷いた。
「UFOって信じてた?」
少年は、迷うように首を垂れ、やがて「うん」と頷いた。
「私も信じてたよ、子供の頃は」
「え、あ、でも」
「うん、見たよ。あれはUFOだよ」
信じていた。地球に現れる宇宙人の乗る未確認飛行物体。地球の生き物を捕まえて、実験し、発信器を埋め込んでリリースする。そんな怖ろしげでミステリアスな都市伝説を。そして、夜空に尾を引く未確認飛行物体を幼き私は探していた。
しかし、いつぞやそんなことをしなくなった。別に妖怪、妖精、お化け、UFOを簡単に見れるようになったからではない。きっと、大人になったのだ。
UFOのような不思議なモノに関心を示さなくなったことに気付いた時、私はいつの間にか大人になってしまったのだと確信した。
私は懐に突っ込んでいたココアを、ベンチに置く。
「あげるよ。別に悪いモノは入ってないから、安心して飲みな」
そう言って、私はその公園を後にした。初めて、少年より先に私は公園を出たのだ。
その夜から、少年と私は並んでUFO見物をするようになった。
二人して空を見上げ、首を同じ方向に動かす。やっぱり間抜けだ。
「ねぇ。お姉さんは宇宙人になれたら、と思ったことはない?」
「それってキャトルミューティレーション?」
「いや、そーじゃなくて」
そーじゃなくて。そう言って、少年は微笑む。
「この空の向こうには、どんな光景が広がっているんだろう、って。そう思うと、宇宙人になれたら見れるのにって」
「うーん、お姉さんは地球人で良いかな。別に宇宙も宇宙人が嫌いって訳じゃないけど、我が家のコタツで食べるミカンが恋しいからね」
「そっか……じゃあ、僕が宇宙人になったら、お姉さんはどう思う?」
「分かんないや。でも、君の夢が叶うということだけは、多分喜んで良いんだと思う」
少年は笑う。そして、彼は空を見上げる。
私はその様子をただ見つめる。
少年は、またこちらを見て微笑んだ。
そして、私もまた、その様子を見て微笑むのだった。
作品名:UFOとそら、そして私 作家名:最中の中