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愛を抱いて 26

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「どうしたって、買ったのさ。
盗って来たわけじゃないぜ。」
「…そう。
しばらく来ない内に、この部屋もすっかり落ち着いちゃったわね。」
「本当…。
最初は何もなくて、ただ広いばかりだった事を考えると、まるで別の部屋の様ね。」
「狭くなったんじゃない?」
「うん、10人で宴会をする事は、困難になったな。
でも、コタツは何物にも替えられない…。」
香織と世樹子は夕食の支度を始めた。
その夜はシチューであった。

 「コタツに入ってシチューなんて食べると、何かもう冬が来たって感じがするな…。」
食べ終わって、私は云った。
後片付けが済んで、4人でコタツに入りテレビを視た。
「ねえ、コタツ少し熱くない?」
私は訊いた。
「いいえ、平気よ。」
「熱いよ。
なあ、柳沢?」
「うん。
足をやけどしそうだ。」
「そうだろう。
よし…。」
そう云うと、私は布団の下へ顔を入れた。
ダイヤルは初めから小になっていた。
「…切り替えは、柳沢の処だ。」
布団の中から顔を出して、私は云った。
「おお、そうか…。」
今度は柳沢がコタツの下へ潜り込んだ。
「…鉄兵、これ、どっちへ廻すんだ?」
布団の中から、柳沢の籠もった声が聴こえた。
「どれどれ…。」
私は再びコタツの下へ顔を入れた。
そして私と柳沢は、そのままコタツの中で首を寄せ合っていた。
「あなた達、いい加減にしなさいよ。」
香織が云った。
小さな悲鳴を上げて、世樹子が布団から跳び出た。
私と柳沢は外へ出て、また脚を入れた。
「そんな見え透いた真似をしなくても、ちゃんと頭を下げて頼めば、見せてあげなくもないわよ。」
香織が云った。
「それはありがたいお言葉だが…。」
「俺達としては、コタツの赤い光の中で、覗き視るというのが最高にいいんだよ。」
「そう、何て言うか…、情緒があると言うか…。」
「そんなの知らないわ。
もう…。」
世樹子は口を尖らせた。

 時刻は間もなく、午後10時になろうとしていた。
「世樹子も映るんだろ?」
「私は映らないわよ。」
「でも、応援にスタジオへは行ったんだろ?」
「ええ…。」
「なら、映るかも知れない。」
「映らないと思うわ。
多分…。
だって、大勢で行ったんですもの。」
「始まったわよ。」
4人は一斉にブラウン管に注目した。

 ヒロ子は「アイアイ・ゲーム」というテレビ番組に出演し、その夜が放送予定になっていた。
画面に映った彼女の顔は、普段より丸く見えた。
応援席も何度か映し出された。
「え…? 
本当…?」
私は云った。
柳沢と香織は、確かに世樹子が映ったと云った。
世樹子は理恵の隣に座っていたという事だった。
再び画面が応援席に切り換わった時、私は懸命に世樹子を捜した。
笑っている理恵が見えた。
私は急いで視線を隣へ移した。
その瞬間、画面は司会者の方へ切り換わってしまった。
長い黒髪だけが見えた。
多分、それが世樹子だったのであろうと思われた。


                            〈五二、炬燵の中〉






53. 冬が来る前に


 コタツを買い込んだせいではなかろうが、朝晩は随分冷え込む様に感じられた。
これまでも、数々の想い出を残して来た冬がまた、少しずつ近づいていた。
しかし、私には冬が来る前に、どうしてもしておかねばならない事があった。

 11月10日、私は前の晩から急に始まった歯痛が悪化して、大学へも行かずに部屋で伏せっていた。
午後になって、2時を過ぎた頃、香織がやって来た。
「あらあら、酷くなったのね…。」
「うん…。」
私は喋る事が辛い状態であった。
「まあ、こうなってるだろうと思って、来てみたんだけど…。」
歯痛は大きな痛みが周期的にやって来た。
私はじっと眼を閉じて、耐えていた。
香織は部屋を出て行った。
そしてすぐにまた戻って来ると、水の入ったコップを差し出して云った。
「これを飲んでみて…。
幾らか楽になると思うわ。」
私は彼女が買って来てくれた歯痛止めを、水と一緒に飲んだ。

 「歯痛止めっていうのは、素晴らしい物だったんだな…。」
私は云った。
「良くなった…?」
「うん、まだ、じんじんするけど…、さっきまでの、気が狂いそうな痛みは失くなった。
本当、嘘の様だ…。」
「普通、歯痛が酷くなったら、薬を飲もうって考えるものよ。」
「…知らなかった。
歯痛なんて、小学校2年以来だものな。」
「学年まで、よく覚えてるのね。」
「あの時の、歯医者での恐怖は忘れられない…。
何よりもあの音が、堪らなく厭だった。」
「でも痛みが退いたら、早く歯医者へ行った方が良いわ。」

 私は少し眠った。
香織は、後期になってから私が買った「プライベート」にレコードを載せて聴いていた。
「ねえ…。」
眼を醒まして、私は彼女に呼びかけた。
「ん…?」
彼女はヘッドホンを耳から外した。
「…俺も聴きたいな。」
彼女はプラグをヘッドホン・ジャックから抜いた。
レコードは、オフコースの「ソング・イズ・ラブ」だった。
「ねえ…。」
私はまた云った。
「あのさ…。」
「何? 
買って来て欲しい物があるのなら、遠慮なく云って頂戴。」
「いや、別にない…。」
「…そう。」
彼女はレコードを裏返した。




──  あなたが そこに居るだけで     
    私の心は 震えている     
    あの甘く やる瀬ない ジェラシー     
    まだ 若かった頃…

    あなたを 見つめているだけで     
    私は 優しい夜を迎え     
    巡る季節に あなたを唄う     
    まだ 若かった頃…

    遠く過ぎて  消えた  ──




 私は煙草を一本くわえようとして止め、箱に戻した。
「何か云いたい事が、あるんでしょう?」
香織は云った。
「云ってみなさいよ。
今日は歯痛で可哀相だから、大抵の事は聞いてあげるわよ。」
「そうかい? 
じゃあ、云うけど…。」
そう云って、私はまたしばらく音楽に耳を傾けた。

 「俺達さ、もう一度、出逢った時の関係に戻してみない?」
私は云った。
「その方が旨く行くと思うんだ。
二人の間がスリリングである方が…。」
香織は黙ってドアの方を視ていたが、静かにこちらへ向き直り、そして云った。
「別れてくれって事ね…。」
「多分ね…、でも、どうかな…? 
ただ、もし世界中に君と俺の二人しかいなかったら、俺達が恋人であるかどうかなんて、何の意味もないはずさ。
そしてこれは、二人だけの問題だ。
君と俺の、…二人だけのために、安心できない関係の方が二人にとって良いと思う。
俺達以外は、どうでもいいんだが…、君は俺と恋人であるために、沢山の事を我慢してる。
他の人間や、その我慢してる事については、だからって別に何も思わないんだけど…。
君にとって、それは良くないんだ。
作品名:愛を抱いて 26 作家名:ゆうとの