小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

愛を抱いて 26

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 

52. 炬燵の中


 洗濯物は大きなファッション・バッグに2つ分あった。
「先生はずっと何か喋ってるの。」
フー子が云った。
「生徒が私の髪をチョキチョキきった後、今度は先生が鋏を持って、また何か云いながら、いきなり『ジョキッ!』なの。
『ええ…?』って思ってると、『ジョキッ、ジョキッ』って何度も耳のそばで音がして、バラバラって自分の髪毛が落ちて来るの…。」
私と世樹子は笑った。
「でも、全然変な事ないじゃない。」
私はフー子の頭を視ながら云った。
「それは、そうよ。
実習が終わった後で、ちゃんとカットし直してくれるんだもの。
まあ、ただで髪をカットしてもらって、その上お金をくれるんだから、随分得な話なんだけど…。」
「後でちゃんとしてくれる事が解ってても、実習台に座ってる時はやっぱり恐怖だろうな…。」
洗濯機のブザーが鳴った。

 フー子のアパートを出た後、私と世樹子はコイン・ランドリーへ寄って洗濯物を乾燥機の中へ入れた。
「鉄兵君は、いつも乾燥機使ってるの?」
「うん。」
「たまには、干した方が良いわよ。
消毒にもなるし…。」
その日も、前日と同様の晴天だった。
世樹子は一度飯野荘へ戻ると云い、刑務所の方へ歩いて行った。
洗濯物が乾くまでには時間があり、私も三栄荘へ戻った。

 私はガラスに顔をくっつけて、魚達を視ていた。
背鰭の長い魚が、まっすぐこちらへ泳いで来て、私の顔の前でクルッと向きを変え、去って行った。
私はなぜ彼等がガラスに衝突しないのか、不思議に思った。
鮮やかな色の小さな魚の群れが右から左へ泳いで行った後、スーッと音もなく鮫が現れた。
私はカジキに手を振った。
フグが眼の前へやって来て停まった。
「不細工な奴…。」
私はわざと彼に聴こえる様に、呟いた。
フグはそこを動こうとしなかった。
「広島には『酔心』っていう、有名な店があるんだが…。」
私がそう云うと、フグはゆっくり泳いでどこかへ行ってしまった。
人魚が泡にまみれて降りて来て、魚達に餌を与えた。
私は彼女には、真剣に手を振った。
世樹子は最初から、私とは随分距離をおいた場所で魚を眺めていた。

 「お若いけれど、御夫婦ですか?」
店員が我々に訊いた。
「え…? 
ええ、まあ…。」
私は要領の悪い返答をした。
世樹子が笑い出した。
「あれ、違うんですか?」
店員がまた訊いた。
「いいえ。」
世樹子が云った。
「私達、駆け落ちしたんですけど…、なのに彼がまだ籍を入れてくれないんです…。」
店員も笑い出した。
「いいねぇ、同棲なんて…。」

 「もうこれが、限界です。」
店員がそう云って、電卓を示した。
「もっと寒くなったら、ストーブも買わなくちゃね…。」
世樹子は云った。
「他にも買い揃えなきゃいけない電気製品が、沢山あるし…。」
店員は迷いながら、「これ以上は、絶対無理です。」と云って、電卓を押し直した。
私と世樹子は電卓を覗き込んだ。
「じゃあ、もう2、3軒廻ってみましょうか…。」
そう云って世樹子は、私の腕を取った。
「ああ…、待って下さい。
解りました…。
もう彼女には、かなわないなぁ…。」
店員は再び電卓を押し、端数を切り捨てた。
私はナショナルの赤外線ホーム・ゴタツ「だんらん」を購入した。

 購入した途端、どうしてもその夜の内にコタツに入りたい気持ちが込み上げて来て、私は店員に「持って帰ります。」と云った。
私がコタツの入ったダンボールを、世樹子がコタツ板の入ったそれを持って、二人は電車に乗り、秋葉原を後にした。
「さて…、沼袋からなら、さして歩く事はないが、こんな物を持って新宿駅を歩いたり、混み合う山手線に乗るのは気が引けるなぁ…。
かと云って、中野駅からだと重い荷を抱えたまま、長い距離を歩かねばならない…。」
私は云った。
「私はどっちでも構わないわよ。」
結局、我々は中野駅から帰る事にした。

 「鉄兵君…。」
中野通りから一方通行の路へ入ってしばらく歩いた処で、後ろの世樹子が苦しそうな声を出した。
「よし、少し休もう。」
二人はダンボールの箱を置くと、その場にしゃがみ込んだ。
「疲れたろう。
御免ね。
俺が持って帰るなんて、とんでもない事を云い出したばっかりに…。」
「もう腕は痺れて、脚はヘトヘト…。
でも、私も早くコタツに入りたいわ…。」
「コタツは良いよな…。
冬はコタツが最高だよ。
そしてコタツには、ミカンがよく似合う…。」
「良いわねぇ…。
早く帰ってコタツを敷きましょう。」
二人は再び歩き出した。
緩やかな坂道を下って、自動車修理工場の横を通り過ぎた。
私は世樹子に合わせてゆっくり歩いたが、ふと視ると、彼女の足はジグザグに踏み出ていた。
「もう少しだから、それもこっちに貸しな。」
私は云った。
「いいえ…。
大丈夫よ…。」
「女の子は無理に重い物を持つと、足首が太くなるんだぜ。
現に、君の脚は…。」
「はい、お願い。」
そう云って世樹子はコタツ板の入ったダンボールを、投げる様に私に手渡した。
私は2、3歩フラつきながら、それを受け取った。
三栄荘は、もうすぐであった。

 三栄荘に到着すると、部屋に荷物を置いて、休む間もなく二人は西友へ出かけた。
西友の2階でコタツ布団を買い、我々は胸をときめかせながら部屋へ戻った。
櫓ゴタツを組み立て、布団を被せて、コタツ板を載せ、コンセントにプラグを差し込んだ。
コタツ布団がほんのり赤く染まった。
さっそく二人は脚を温めた。
「至上の幸福を感じる…。」
私はコタツ板に頬擦りをしながら云った。
その日から、私の部屋の中央にはガラス・テーブルに替わって、櫓ゴタツが据えられる事となった。

 しばらくして、柳沢が帰って来た。
「おぉ…、これは…。」
部屋に入ると、彼はその場に立ち尽した。
「いつからなんだ…?」
布団に脚を入れながら、柳沢は訊いた。
「さっきからだ。
お前、おとついも帰らなかったのか?」
「ああ…。
学祭の準備に忙しくてな。」
「お前、学祭の間、群馬に帰るつもりなんだろ?」
「うん、そのつもりだ。
だから準備をしっかり手伝っておいて、帰りやすくするんだ。
いやぁ、しかし、鉄兵は偉いなぁ…。
本当によくコタツを買ってくれた。
冬はコタツに限るものなぁ…。
割勘で買う事を提案しようと思ってたんだ。」
「今からでも遅くないぜ。
どうせお前、夜眠くなるまで、このコタツにあたってるつもりなんだろうから。」
「ああ、当然だ。
でもここは、鉄兵の好意に素直に甘えよう。
鉄兵は偉いなぁ…。
鉄兵のお蔭で素敵な冬が過ごせそうだ。
テレビに、コタツに、後ミカンがあれば申し分ない…。
そう云えば、ミカンが見当たらないが…、どうしてついでに買って来なかったの?」
「…。」
「二人とも、同じ様な感性をしてるのね。
気が合うはずだわ…。」

 続いて香織がやって来た。
「まあ、どうしたの…?」
香織は云った。
作品名:愛を抱いて 26 作家名:ゆうとの