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シロノノロイ

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 公衆電話があるのは、その駄菓子屋の前だ。 「いつもありがとうね」と、声をかけてくれる駄菓子屋のおばさんに軽く会釈し、公衆電話に駆け寄る。どうして公衆電話からかけるかというと、家からだと祖母に聞かれるのが恥ずかしいのと、祖母は非常に心配性なので、こと真白には甘いので、自分が寂しさから父に電話しているのだと知れたら、電話越しに父を怒鳴りつけてでも、『こちらに帰ってくる』という約束を取り付けるだろうからだ。そうなれば仕事で忙しい父にも迷惑がかかるだろうし、祖母が「いっそ、こっちで暮らせ」というかもしれない。真白にとってはそれはそれで嬉しいことなのだが、父の邪魔になることだけはしたくなかった。
 十円玉を二枚投入して覚えている父の携帯電話の番号をダイヤルする。こういう時に自分にも携帯電話があると便利なのだが、小学校の友達の中で持っている者もほとんどいないので、真白はこういう時以外、特に必要性を感じなかった。なにより、忙しい父に強請るのは忍びなかったのである。
 数回の呼び出し音の後に「はい、もしもし。杉村ですが…」と父が出た。
 「もしもし、お父さん」
 「なんだ、真白か。どうしたんだい?」
そう問われて、自分が四か月の間に見聞きしたすべてのことを、滔々と語りだしてしまいそうになるのを抑えて、「ええと、大したことじゃないんだけど…」と前置きした。
 「夏祭りの灯篭流しが綺麗なんだって、友達が言ってたの。お父さんは見たことある?」 と、早口に言った。
「灯篭流し?いや、見たことないなぁ」
 父は数秒の間をおいて「そうか、灯篭流しか。いいね」と朗らかな口調で言った。
 「なら、夏祭りの日に合わせて、真白に会いに行こうかな?」
「本当!?」
真白は自分の胸が熱くなるのを感じた。
 「ああ、もちろん」
 父は優しくそう言うと「ごめん、いま仕事中だから切るよ?」と、すまなさそうに言っていた。
 「あっ、ごめんなさい」
 なんだか、結局邪魔してしまったらしく、真白は少し恥ずかしくなった。
 「いや、いいよ。また、電話するよ」
 「うん!またね!」
 やった!
 受話器を置いてから、真白は自分の顔が思わずほころんでいるのを感じた。もう夏休み中は会えないかと思っていたので、より嬉しく感じた。
 本当に灯篭流しのことを聞いてよかった。明日、裕子にお礼を言わなくちゃと心に決めて公衆電話の前から立ち去ろうとすると、石段が目に飛び込んできた。
 この石段を登ると、確か神社があるはずだ。
 「そうだ!小銭が余ったし、神社にお参りしようかな」
 

 石段を上がって鳥居をくぐると、拝殿が見えてきた。田舎の村にしては立派な神社のようで、拝殿の周りをお堀のように掘り込んで川を流していたりする。敷地も広く、奥手の方には木々が林のように並び立って小道を作り、その先の石段は山の方にまで続いていた。
 真白は手水鉢で手を清めて、賽銭箱の前まで来ると、五十円玉と数枚の一円玉を落とし入れた。祖母に習った二礼二拍一礼の動作で目を閉じる。
 お父さんと一緒に暮らせる日が来ますように。
 
 そう願ったとき、真白は自分の後ろにいくつかの黒いシルエットが、まさにカメラのフラッシュを浴びた影のごとく、現れて一刹那の内に消え去ったことに気付かなかった。
 
 「…そろそろ帰らなきゃ」
 今日の出来事だけで少しくすんでいた夏の風景が、いっぺんに華やいだ気がした。
 真白は夏祭りに思いを馳せながら、石段を早足で駆け降りた。
 夏の終わりの近づいた空は、すでに黄昏色に染まり始めていた。
夏祭り当日 6:00

 祭りの会場は提灯の薄ぼんやりとした灯りに照らし出されていた。近くの公園で演奏されている祭囃子と、道行く人々の艶やかな着物と喧騒が、日本人のこころの故郷とも言うべき風景を作り上げていた。
 夏祭りは裕子の言った通り、結構な規模で催された。この村の祭りは、実はそこそこ有名な祭りらしく、村人だけでなく周辺の村人や観光客も参加していて、真白にとってはかつてないほど村に活気が満ち溢れていた。
 神社主催の慰霊祭ということもあって、石段のある通りには多くの屋台が立ち並んでいた。当然あの駄菓子屋も屋台を出していて恰幅の良いおばさんに声をかけられた。
 「ああ、真白ちゃん!寄って行って」
 おいでおいで、と大きな招き猫よろしく、おばちゃんは大降りに手を振っている。屋台の前まで来るとビニール袋に入ったベビーカステラを渡された。
 「いつも贔屓にしてもらってるから、サービスだよ」
 「え、え?ホントにいいの?」
 真白がそう聞くと、おばちゃんは、ガハハ、と笑って「いいさぁ」と暖かな笑い顔になった。
 「これはおばちゃんからの感謝の気持ちなんだから。さぁ、さ、遠慮しないで」
 「ありがとうございますっ!」
 こちらも自然と笑顔になっていた。しかし同時にこころの中には、寂寥が渦巻いた。おばちゃんの笑顔は、真白の母にどことなく似ていて(当然、真白の知っている母の面影とは、年齢も造作もかけ離れたものだったが)、それを見るたびに母との思い出が蘇ってきて、少しだけ胸の中に冷たい風が吹き込んでくるようだった。
 あの頃はずっと一緒にいられると思っていた。幼い真白にとって別れのときはすぐにやってきた。
 カステラを持ったまま石段に腰掛ける。
 母は病気だった。どんな病だったかは聞かされていない。母は面倒見がよくて優しい人だった、ような気がする。『だったような』とは真白自身、母のことをよく覚えていないからだ。それが母の死のショックでそれまでの母の記憶が抜け落ちているのか、ただ時の流れなのかは定かではなかったが、今の真白には母の死に顔すら思い出せなかった。思い出せない理由が、『時間』だとは思いたくなかった。
 カステラを一つ二つとパクついていると、右方から声が上がった。
 「ましろ~!」
 見ると、涼しげな白い水玉模様の入った青い浴衣に身を包んだ祐子が、袂がまくれるのにもかまわず手を振りながらこちらへ走ってきた。食べかけていたカステラを慌てて口の中に押し込んで、手を振り返す。
 「真白、浴衣似合ってるじゃん!」
 祐子は既に、屋台で買ったのであろう綿菓子を持ちながら言った。真白の浴衣は時計と揃いの桜色で、朱色の帯を締めている。
 「ありがとう!祐子のも可愛いよ!」
 「えへへ、そうかなぁ?」
 祐子は、照れたように頭をかいている。
 「祐子の言う通りこんなに大きなお祭りだったんだね!」
 真白が率直に感想を述べると、「そうでしょ、そうでしょっ!」と先週の橋の上で語った時のように、「むんっ」と胸を張りながら応じた。
 「もちろんフィナーレの灯籠流しも綺麗だけど、今鳴ってる太鼓の櫓も、大きくて凄いんだよ!一緒に行こうよ!」
 「ちょっ!祐子っ!」
 祐子は真白の手を取って櫓の方へ駆け出した。それにあわあわと引っ張られながらも、真白は祐子に感謝した。彼女はなんだかんだと手の掛かる親友だったが、こういう明るく前向きな彼女の言動に何度救われたか、真白には数え切れなかった。暗澹としていた気持ちがスッと晴れていくのを真白は感じていた。
作品名:シロノノロイ 作家名:周周 周