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twinkle tremble tinseltown 9

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heavy rain


 ダリルが扉を蹴り開けたとき、その青年は死にかけたホームレスの顔に向かって放尿している真っ最中だった。
 振り向き様真横に裂けた唇を持つ顔は雨にけぶる車のライトに照らされ、一瞬だが鮮明に浮かび上がる。おかげで固めた拳の目標を知る。確信することができた。上がる声は普段にも増して甲高く上擦り、はっきりと位置を知らしめた。
「ハロオオォォウ、ミスター・レインウォーター」
 リーが自らのペニスを仕舞うか仕舞わないかのうちに、ダリルはその襟首を掴み、力任せに横へとなぎ払った。

 勢いを緩めず叩きつけられた先が剥き出しのコンクリートでも知ったことではない。事実リーは堪えた風でもなく、慣性に従うまま壁に沿ってずるずると床に腰を下ろす。
 暗がりに入ったため表情は窺えなかったが、表情は簡単に予想できた。けろりとしているのだろう。小便をかけられた蛙のように。
「ロンドン橋落ちた」
 抑揚のない声を無視し、その場にしゃがみ込む。年老いた男は、もう殆ど息をしていなかった。元からの不潔さを加えても、暴行を加えられた様子は見られない。だが季節はずれの破れかけたダウンジャケットと、全身に巻き付けた新聞紙以外に身を守るものを持たない浮浪者にとって、珍入者の狼藉はその命を吹き消してしまうに十分事足りるものだったに違いなかった。
 アンモニアが冷えた空気の隙間に紛れ込み、白い息を一つ漏らす度近づいてきた。指二本を濡れた首筋に当て、脈を辿る。どれだけ滑らせても冷えた指の腹は何一つ探り当てることができなかった。
 その境目が見えないほど、生と死はあまりにもスムーズに移行する。こんな廃ビルの一棟を臨終の場に選ぶほどの謙虚さの持ち主らしく。


 濡れた手を亡骸の乾いた衣服で拭い、ダリルはゆっくりと立ち上がった。うずくまったままの殺人者にひたと目を合わせる。能動的な怒りと受動的な嘲笑が、異臭混じりの室内のちょうど真ん中でぶつかり、一つに繋がり合う。

 ダンボールへ垂直に刺さったままの包丁を引き抜き。距離を詰める。血の曇りはおろか刃こぼれすらないステンレスが、窓に残ったガラスのおかげで拡散された光を弱々しく吸い込み、威勢のいいものに変えて再び世界に放つ。
「化け物め」
 燃えたぎる憤怒をごくりと飲み下し、青年を見下ろす。もっとも語調は耳にする自らが苛立つほど、低く感情的なままだったが。
「今度こそ本物のムショに送ってやる」
「やめてよ。兄貴が破産する」
 見当違いな恐怖を一瞬だけ目の中に浮かべ、リーは顎を反らした。
「今でも月々の入所料金と弁護士への顧問料、それから慰謝料できゅうきゅう言ってるのに。あ、賠償金はもう払わなくていいのか。有罪判決が下ったときはまだ未成年だったから免責されて……」
 蹴り飛ばされた肩が大きく傾ぎ、伸び放題の髪が顔全体を覆う。パンタゲスの患者には−−罪から逃れたずる賢い犯罪者を、その施設の所長はそう呼んでいた−−服務規程という物がないのだろうか。自由と引き替えに治療を施されているという世間への陳述とは裏腹に、この男は恐らく世界のどんな善人よりも奔放だった。

「今度余計な口を聞いたら殺す」
「奥さんみたいに?」
 気付けば今度は、鎖骨のくぼみへ革靴の爪先を叩き込んでいた。激しい咳込みと共に、もつれた前髪の内側より唾液が飛び散って床を汚す。
 垢じみた髪の間から、眇められた上目遣いが覗いた。鮫のように光のないままなのは、暗黙の了解をとっくに見抜いているからだろう。冷然と見下ろす男が、手の中の刃物を行使する気など端からないと、彼は経験上知っているに違いなかった。
「あら失礼……嫌にぴりぴりしてるね。ストレス?」
「おまえには関係ない」
「って言う奴に限って、本当は認めて欲しいんだ」
 その場へ腰を据え直し、立て膝の上に力ない腕を乗せる。身につけたジーンズとTシャツは明らかに盗んできたもので、上は小さすぎ、下は大きすぎた。さえずる口調までもが他人事で寒々しい。
「最近しょっちゅううろうろしてるみたいだけど、何か捜し物? 当ててやろうか、モノマネツグミ!」
 拳の底全部を使い殴るような動きで、包丁は簡単に分厚いボール紙を突き通る。空洞のような瞳をじっと見据え、ダリルは答えを待った。リーは平然と見つめ返し、肩を竦めて見せる。
「違った? 勘が鈍ってるな」
「ニーナ・ウィロックス。16歳の白人」
 手帳に挟んだ写真を取り出そうと思ったが、結局手は骨が軋むほどその場で強く握りしめられたのみだった。
「スタン・ガルプスのところにいた女だ。2月頃にセント・ゲイブリエル墓地でばらばらになった状態で埋まっていた。心当たりは?」
「ひどい世の中だ」
 不思議なことに、細い眉を顰め天を仰ぐ声は心からのもののように聞こえた。そんなことは地球がひっくり返ってもありはしないのに。
「16歳。この世の春を謳歌する年頃なのに。僕がクシュナって名前の黒人の女の子の喉を」
「心当たりは」
「ないね。最近はクリーンなんだ。うるさい看守がいるおかげで、グラスすらやってない」

 脊髄を撃ち抜かれた麻薬商人は彼と同じ施設で日がなひなたぼっこに明け暮れているはずだし、拘禁理由をでっちあげるためにこの青年は過去の麻薬所持で何度も引っ張られている。顔見知りでないはずはなかったが、思いを巡らす表情はどこか鈍い。
「そうね、女の話はしないなあ」
「お前自身は」
 次に飛び出した言葉こそが本題だった。がりがりに痩せこけた体躯を影に溶け込ませようと無駄な努力を続けている青年の一挙一動を見逃さずにおこうと、目が勝手に大きくなる。
「言うなら言え。今なら手加減してやる」
「スナッフ? 多分ね。いや」
 垢じみた髪を掻き上げ続ける手が止まることはない。小首を傾げてうねりを横に流し、リーは目を三日月型に緩めた。
「スナッフもどきだよ」
「スナッフ・フィルム?」
 ダリルの詰問に是とも否とも答えず、追いかけるようにして唇も目と同じ形にその両端がつり上がる。
「フェミニストにとって最大の敵」
「観たことがあるのか」


 ばらばらにされた屍は、遺体安置所の青白い蛍光灯の下、曇ったような銀色に光るテーブルの上で人間性を完全に失っていた。検視を終えて在りし頃の状態に並べられた手足と胴体はさながらパズルで、半分近くが蛆に食われているため完成は永遠に不可能だった。
 継ぎ目ばかりを呆然と見下ろしていた母親は病を得ていることを差し引いても血の気を失い、魂は娘のものと共に部屋の天井をさまよっている。恐らく近いうちに、本当に朽ちてしまうのだろう。はっきりとそう予感させる女から金を受け取ることなど、ダリルには出来なかった。

 厳密に言えば約束を違えたわけではない。彼は依頼主に誓った。例えどのような姿になっていたとしても、必ず娘を連れ帰る。
 強烈な消毒薬の中に混じった腐敗と土の臭いを、眼前に晒されているかのように思い出すことが出来た。


「女に暴力を振るって、犯して、殺すビデオ」
「ふん」
 地上に足の着かない心が最後に持ち上げたのは両肩だった。
「そんなものがあったら是非観てみたいな。世間で出回ってるのはお粗末な偽物。立派な偽物はもう少し雲の上」