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twinkle tremble tinseltown 9

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 目の前でゆらゆらと立ち上る感情の発露などお構いなしで、リーは長く尾を引く嘆きの声を発した。
「あんなの観る価値もない。死体をバラバラにするより、カダフィが射殺されるCBSのニュースの方がよっぽど刺激的だよ。人の死を見せびらかすのはタブーじゃない。賢くないってだけで」
 口調に潜むシンパシーが触手を伸ばす。
「だからもっとあんたも胸を張ればいいのに」
 どれだけ払いのけても迫り来る後ろめたさの所在を、本当は知っている。存在すら認めたくないが、確かにその塊は己の胸で堅く縮こまっているのだ。
 ふつふつと沸き上がる自尊心が一層熱を帯びる。本人が望む通り、いかれた頭と体を影へと押し込めるよう、自然と足が一歩青年の側へ寄っていた。

 いくら暗闇の中へ追いやっても浮かび上がる邪悪は、無垢な乙女の表情として表現される。リーは芝居掛かった仕草ではっと息を飲み、口元を指先で覆った。
「もしやそれは人類普遍の本能だと言うのか」
「スナッフフィルムの流通元は?」
「フィルムは死んだ。デジタル映像」
 見上げる目つきが父親を眺めるティーンエイジャーのものに変化する。
「浅瀬でも見つかる」
 言葉の意味を飲み込むのに一瞬の間が空く。消化した途端、痛みを覚えるほど胃がぎゅっと縮まった。ゴシップは真実へ。腹立たしい新聞記者のにやけ面が脳裏に蘇る。
「何でもいい」
 もう一発位顎にパンチを食らわせてやれば良かった。いや、今でも感情を宥めるのは可能なのだ。目の前に格好の代替品が存在する。吐き戻す寸前の詰まった声で、ダリルは言葉を繋げた。
「何でもいいから、知ってることを」
「配給元は知らない、どこでも同じ、面白くない。作ったのは素人」
 反らし続けていた首が疲れたのか、がくんと落ちるように顎を落として俯く。
「普通の人々だよ。別に小さい頃虐待されてた訳じゃないし家が極端に貧乏だったこともない。トラウマなんかなくても、人は人を切り刻めるし、赤ちゃんをトイレに流すことくらい出来るんだよ」
 精神が破綻した人間特有の呟くような口調は、重なるごとにその速度を上げていく。潰した気管で絡む言葉は、外に出ていくことを端から望んでいないのかもしれなかった。眦が裂けるほど大きき見開かれた眼から、闇が滴り落ちる。
「一緒に食べようって僕がどれだけ言っても、結局一口か二口しかかじらないんだ。本当は自分だって欲しい癖して。なのにいたずらして怒られる時やおもちゃを散らかした時は、僕が言うよりも先に片付けを手伝ってくれた。誰も不幸になってくれなんて頼んでないのに。お願いだから幸せになってくれってこんなにも頭を下げてるのに。兄ちゃん(brother)」
 進むごとに唇のにやつきは深まるが、それが感情と対応しているとは到底思えなかった。


 普通の人々。
 これほどまでにふさわしくない存在もいないのに、それは間違いなく、誰よりも言葉の意味をよく知っている人間の口振りだった。


 絶望はいつでも緩慢で、気付けば取り返しのつかないほど浸食している。ダリルは唇を噛みしめた。通りから逃げ去る車のヘッドライトが、時折様子でも窺うように光を室内に送り込む。床の上を滑り舐める白は、じっとり湿った灰色の床を脱色してひどく脆く、そして冷たく見せた。
 断罪の意を込め差す月の輝き。止むことないミキサー車の回転と稼働音。滲む汗。一度ぬかるみの中へ沈めば、二度と現れることはない輝かしき日々。いないはずの男が建設資材へもたれ掛かり、勿体ぶった仕草で腕を組む。リーは笑っていた。眉尻を下げ、口角を耳たぶまでつり上げながら。
「誰かが誰かを殺してる(everybody kill somebody sometime)」


 悦に入らせる気はなかった。飴でも含んでいるかのように口を蠢かせることで、リーは混乱から安寧へと音もなく移行しようとしている。
 ダリルは傍らのダンボール箱から再び包丁を引き抜くと、逆の手で汗と湿気にぎとついた青年の髪を掴んだ。間抜けな罵声は引き上げる動きに比例して高まる。
 雨雲の色をそのまま映し込んだかのようなガラスに照らされ、持ち上がる顔は子供以外の何物でもない表情でくしゃくしゃになっていた。
「国家権力の横暴だな!」
「遊びに付き合ってる暇はないんだ」
 一度大きく打った鼓動の痛みに顔を歪め、出来るだけ冷静な声を放とうとする。
「俺は死人と共に死んでいく人間を黙って見過ごすわけにはいかない」
「へえ、そうなんだ」
 大口を開け、リーは笑った。
「せいぜいとどめをさしたりしないようにね!」
 薄くひらめく包丁が、握りしめた拳の下に食い込む。軽く小気味良い音を立て、黒々とした毛髪は少しずつ持ち主から分離していった。
「もう一度だけ聞いてやる。知ってることを全部話せ」
「その質問に答えると刑事追訴を受けるおそれがありますので!」
 一瞬にして駆け上った興奮の頂点から、リーは喜悦すら混じっているように思える奇声を張り上げた。
「憲法修正案第五条に記載された権利を行使し証言は控えさせていただきます!」
 もう手の中の房は半分ほどになり、声を出すたび頭がぐらぐらと揺れた。より一層の圧が掛かった残りの毛根から血が出るほど引き回し、ダリルはさらに刃を滑らせた。リーが殺されるかのような悲鳴を上げる。頭皮を押さえる指先は白くなるほど力がこもり、手の関節という関節がぬめぬめと闇の中に浮かび上がった。
「待った待った、証人保護プログラムの適用を!」
 解放までは断固として答える気などないらしい。乾いた手が開かれると、骨と皮ばかりの体は乱暴に床へと落下し、後を追うように数房の髪が重い空気中へ投げ出された。

 情緒の欠片もなくまっすぐに落ちていく束が胸と言わず顔と言わず散らばり張り付くのを丁寧に払い、リーはまた何事か常人には分からぬ言葉を二言三言呟いた。
「僕が知ってることは皆記者も知ってる」
 即物的な痛みが消えたらそれで満足したらしい。つまみ上げた自らの残骸をふっと吹き飛ばす表情は、もう既に話へ興味など失っているらしかった。
「嘘だと思うなら本人に聞いてごらんよ。この町のご意見番(tinseltown's counselor)に」
「ソロにはもう話を聞いた」
 手からおぞましい他人の残滓を叩き落とし、ダリルは言った。
「所詮ブンヤだ。興味のあることしか見ようとしない」
「それでもあんたよりは視野が広いと思うよ、叩けば叩くほど埃が出る」
 弛緩した目元の筋肉から、眼球は今にも溶け出しそうだった。
「何をすき好んで汚い場所へ首を突っ込もうとするのか。綺麗な女もいるのにね。僕、彼女を体が真っ二つに裂けるまでファックしたいな」
 素直に両腕を掲げることで全てを終わらせ、リーは頭を占める妄想を味わおうとしているらしかった。
 これ以上の会話は時間の無駄でしかないのだろう。閉じた円を切っても形を失うだけだった。ダリルは黙って刃物をダンボールへ突き戻すと、ポケットから取り出した手錠で差し出された手首を捉えた。
 引っ立てる時うっかり踏みかけたホームレスは、そろそろ冷たく悪臭を放ちはじめている。

「うんざりだ」