愛を抱いて 24
私は2日の夕方、中野駅でフー子に偶然逢った時の事を話した。
「どうして、フー子に俺達の事を云ったの?」
「え…?
いけない事だったかしら…?」
「いや、そんな事ないけど…。」
「実はね、フー子ちゃん、彼と駄目になっちゃったのよ。
完全に…。
それで、彼女の話を聴いてあげるために逢ったの。
先週の土曜日。
中野に帰って来た時、彼女、もう少し一緒に居て欲しいって云うから、彼女のアパートに行ったの。
三栄荘へ行けたらって思ったのよ。
賑やかになれるから…。
でも、約束してない限り、柳沢君も土曜の夜は部屋に帰ってないでしょ…?
彼女の部屋で2人で喋ってる内に、何となく、自分の事も云っちゃったの。
それからは、逆に彼女が私の話をずっと聴いてくれて、その日は、私が話を聴いてあげる約束だったのに…。
私、泊まって行く事に決めて、彼女のベッドに2人で入って、眠くなるまで、ずっと…。」
私は眉を寄せて、世樹子を視た。
「云いたい事は解ってるわ。
私達、身体の交渉はなかったわよ。」
「君とフー子がレズであったとしても、俺は構わんさ。
ただ、俺は、ベッドが心配で…。」
「ベッドも壊れなかったです…!
朝まで…。」
前日までの素晴らしい好天の反動か、その日は午前中まで残っていた余韻が醒めると、後はずっと、どんよりしていた。
そして宵に入って、静かに雨は降り始めた。
中野駅の改札を出た時、アスファルトの上に打ち突ける強い雨足を視て、私は云った。
「ひでぇ降りになって来やがったな…。」
「そうね…。
でも、もう、お店に入るのは止しましょ…。」
「…支払いの時、俺の財布を覗いただろう?」
「御免なさい…。
私におごらせてくれるんなら、行ってもいいわよ。」
「色男、何とやらだ…。」
「あら、鉄兵君は全然バイトしないのに、そんなにお金が続いて不思議だわ。」
「俺も不思議だ…。」
傘を開いて、二人は歩き始めた。
激しい雨音は、走り行く車の音を掻き消していた。
そして二人には、帰る場所がなかった。
「フー子ちゃんの処で雨宿りさせてもらいましょう…。」
「でも…。」
「あら、厭…?」
「厭じゃないけど…、彼女に迷惑ではないかと…。」
私にはまだ、世樹子が我々の関係をフー子に明かした事について、疑問が残っていた。
「らしくない事云うのね。
大丈夫よ、どうせ私、渡す物があるし…。」
我々はフー子のアパートへ向かった。
フー子の部屋には明かりがついていた。
「何だ…、世樹子…。」
ドアを開けて、フー子は云った。
「あら…、鉄兵も…。」
「どうも…、悪い男です。」
フー子は口に手を当てて、笑った。
「何?
それ…。」
「フー子ちゃんが鉄兵君の事、そう云ったんでしょう?」
我々は靴を脱いだ。
「ええ?
そんな事、云ったっけ…?」
フー子はカーペットの上の雑誌を取り上げ、テーブルの上を素早く片付けた。
世樹子に続いて、私も腰を降ろした。
「珈琲がちょうど、切れちゃってるの。
紅茶でもいいかしら…?」
立ったままフー子は云った。
「いいわよ。」
「鉄兵は?」
「何でもいい…。」
「さっきまでね、香織が来てたのよ。
ここに…。」
ティー・カップを2つテーブルの上に置きながら、フー子は云った。
私は反射的に膝をついた。
「もう帰ったわよ…。」
「そう…、用事だったの?」
世樹子が云った。
「ええ。」
「ねえ、フー子ちゃんの紅茶は?」
「私のは、これ…。
二人が来る前も、飲んでたのよ。」
そう云ってフー子は、スプライトの入ったコップを自分の前へ置いた。
「実はね、この部屋で少し雨宿りをさせて欲しいの。」
「もう、してるじゃない。」
「そうね…。
私達、雨の中でどこにも行く処がなくて、困ってたの。」
「…なる程。
三栄荘へも飯野荘へも二人で行くわけには、いかないものね。
解ったわ…。
私が、あなた達をかくまってあげる。
今度から、いつでもいらっしゃい。」
「ありがとう。
それから、頼まれてたの…、今、持ってるから渡しとくわね。」
世樹子は自分のバッグの中からカセット・テープを取り出し、フー子に渡した。
「あ、もう録ってくれたの?
ありがとう…。」
〈四八、素直に見つめて〉
49. 心のままに
「昨日、遊園地へ行ったんですって?」
「ええ、とっても良かったわよ。」
「酷いわ。
全然教えてもくれず、黙ってみんなで行っちゃうなんて…。」
「朝になってから、急に行く事になったのよ。」
「香織も怒ってたわよ。」
「知ってるわ。
ゆうべ帰って話をしたら、『私も行きたかったのに…。』って、ずっと云ってたもの。」
「私も行きたかったなぁ…。」
「今度、また行けばいいじゃない。
みんなで…。」
「当然よ。
…鉄兵、今夜はやけにおとなしいのね?」
「俺はいつだって、黙して語らず、だろ?」
「あら、渋めに変えたの?」
「いや、ただ…、君達二人は、とても仲が良かったんだなぁと思って…。」
「それ、どういう事?
仲良いに決まってるじゃない…。」
「勿論、それは解ってたけど…、思ったより、ずっと仲が良いって事さ。」
「解った。
私に妬いてるのね?」
「君等が一夜を共にした事は、聴いてる。
そして今夜二人の様子を視ていて、その関係がよく解った。
しかし、俺は君達の趣味について、とやかく云うつもりはない。
ただ、できれば、俺も仲間に入れてくれて…、いっそ3人で…。」
「駄目…。
私達、男の人は受入れられないの。」
彼女等は、しっかりと身を寄せ合った。
私は3本目の煙草に火を点けると、灰皿を持って窓際へ行き、窓を半分開いた。
雨はまだ激しく降っていた。
「よく降るな…。」
少し風も出て来た様だった。
「台風が来てるんじゃない…?」
世樹子が云った。
「ええ?
テレビは何も云ってなかったわよ。」
「そうだったわね…。
ただの通り雨ね…。」
「いや、嵐が来るのさ…。」
私は窓を締め、カーテンを閉じると立ち上がった。
「帰るの?
まだ雨降ってるのに…。」
「酒を買って来る。」
彼女達は顔を見合わせて笑った。
「私、樹氷がいいわ。
それとスプライトお願いね。」
「でも、もう酒屋さん閉まってるんじゃなくて?」
世樹子は自分の財布から紙幣を取り出すと、小さく畳んで私のポケットへ入れた。
「大丈夫。」
そう云うと、私はドアを開けて部屋を出た。
そして風と雨の中へ駆け出した。
ナイロン袋を下げてフー子の部屋へ戻って来ると、少しさっぱりした顔の世樹子が1人でテレビを視ていた。
「フー子はシャワー?」
バス・ルームの方をチラッと視ながら、私は云った。
「ええ…。」
焼酎の瓶をテーブルの上に置いて、私は一旦腰を下したが、 「身体が冷えたんで、トイレに行きたくなった…。」 と云って、また立ち上がろうとした。