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愛を抱いて 24

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48. 素直に見つめて


 「鉄兵…。」
私を見つけると、淳一はそばへやって来た。
「お前、美香と別れたんだってな…。」
「ああ…。」
既に3限の授業が始まっている時間であったが、学生ホールは昼休みと変わらぬ賑わいであった。
「どうして、俺に隠してたんだ? 
昨日、大変だったんだぜ…。」
「別に隠してたわけじゃないさ。
ただ、云うのを忘れてただけだ…。」
「本当か…? 
昨日、サテンで大妻の美香の仲間等に偶然逢ってな、明るく声を掛けたら、いきなりお前の事を訊いて来て、ずっと吊し上げにあってたんだぜ。」
「大妻の連中って事は、お前体育の後でこっちへ来たのか?」
「ああ。」
「いつもの自由ケ丘や代官山へは、どうして…?」
「だって、お前は全然姿を見せないし、西沢は用事とか云ってまっすぐ帰っちまったから、野口と先生とじゃ非力だろ…?」
「そうか…、悪かったな…。
美香も居たのか…?」
「いや、彼女は居なかった。
まあ、円満別離って事だそうだけど、あいつ等は納得できないとか云って、えらい剣幕なのさ。
本人が納得しちゃってて何も云わないのが、余計腹立つらしかったな。
先生と野口なんか、途中で逃げ出しちまってさ、最後は俺1人で、本当、参ったぜ…。
ホーム・グラウンドで楽に行こうとしたのが、裏目に出たって事なんだけどな…。」
「…本当に済まなかった。
謝るよ…。
外へ行かないか?」
「いいぜ…。」
私と淳一は狭いキャンパスを抜けて、外の喫茶店へ行った。

 「それからな…、みゆきとも切れたんだ。」
「みゆきって…、フェリスの?」
「ああ。」
「どうしたんだ? 
お前…。
自分の大学を顧みる事を、忘れ始めたのか? 
…まあ、思い切った新陳代謝もいいだろう。
そういう時期なのかも知れない…。
じゃあ、今夜辺り出かけるつもりなんだろ? 
付き合うぜ。
俺も新しい気分で…。」
「いや、違うんだ。
当分、補充の必要はない…。」
「何だ、もうニュー・フェイスがいるのか。」
「いや…。」
「香織ちゃんに操でも立てるつもりか? 
あの娘、俺にはきつい事しか云わんけど、まあ、お前が…。」
「香織とも近い内に別れようと思ってる…。」
「…。
そうか…。
お前も大変だな…。
しかし辛抱するより仕方ないさ。
何、1年なんて長い様で過ぎてみれば、あっと云う間だ。
ところで、こっちが俺の水だったよな…。
いや、大丈夫なのは解ってるが、一応な…。」
「云っとくが、俺は変な性病に感染したわけじゃねぇぞ…。」

 「世樹子ちゃんだな…。」
「うん…。」
「俺はずっと前から、いずれお前は彼女と付き合う事になる様な気がしてた。
今までにそうならなかったのが、不思議なぐらいだ。
確かに彼女は綺麗だもの…。
つまらん事を云うが…、俺は中野ファミリーの、あの3人の中で彼女が一番可愛いと、一目視た時から思ってた。
でも…。
気にする事はないさ…。
たまには、女に入れ込んでみるのも悪くない。」
「今月に入って、気がつくと、『清算』って言葉が思考の中に現れてるんだ。
そして、ずっと離れないんだ。」
「清算か…。
まだ、よく認識できないんだろうが…、いいじゃないか…。
それが彼女の存在に因る、心の叫びであったとしても…。」
「確かに、よく解らないんだ…。
清算したくなった事は、俺達は未完なのだから仕方ないと思ってる。
多分、これからも、何度も清算を繰り返さなければ、完璧な状態を造り上げる事なんてできないだろう。
ただ、時期が…、良くなかった…。
彼女の存在を認識した後っていう…。
もし…、そうだとしたら…、…最悪だな。」
「…確かに、…最悪だが、…やはり、認識すべきだよ。
お互い、解ってた事なんだから…。
清算の中に彼女が入ってない以上、それは間違いない。
偶然なんかじゃないさ。
彼女の存在からの必然に因るものだ。
はっきり云ってやるよ…。
お前は彼女に入れ込んだのさ。
そしてそれを認識した心が、プラトニックを求め始めたんだ。
お前は…、お前の心は、彼女1人を愛そうとしてるんだよ。」
「もう…、駄目だな…。」
「ああ、駄目さ。
初めから、俺達には無理だったんだよ。
お前だって解ってたはずさ。
俺達が造り上げようとした、…それは、幻想に過ぎなかったんだ。
いや、そうではないんだろうけど…、俺達には無理だったのさ…。
クールにさえ、なれなかったんだ…。
勿論、諦めはしないけど…、もう気にするのは、止そう。
気にする事はないさ…。」
「どうしても駄目なんだよな、俺達って…。
いい線までは、行きかけるんだけどな…。」
「ああ…。
結局、俺達は、カッコ良くはなりきれないのさ…。」
私は淳一にボンゴレと珈琲をおごり、我々は喫茶店を出た。
「今夜、久しぶりに一緒に呑まないか?」
淳一は云った。
「今夜は約束があるんだ。」
「世樹子ちゃんか?」
「ああ。
でも…、」
「いや、いいんだ。
合コン・ラッシュがやっと退いた後だし、学祭が始まればまた厭と言う程、呑まなきゃだからな…。
彼女を素直に見つめてみる事さ。」
「お互いな…。」
我々は学生ホールへ戻って行った。

 秋の夕暮れは短く、階段を上って新宿駅の東口に出た時、外はもう暗かった。
私は「マイ・シティ」の建物沿いに南へ歩き、すぐ隣のビルの地下1階へ下りて行った。
喫茶店の中へ入った時、天井の照明は半分落とされテーブル・ライトに替わっていたが、社会人客の多いその店の中で、学生風の世樹子はすぐに見つける事ができた。
「ねえ…、鉄兵君はどうして、毎回待ち合わせ場所を変えるの?」
「ランデブーの場所に、前もって張り込まれないためさ。」
「細心なのね…。」
「あれ、本気にした?」
「勿論、してないわよ。」
「…同じ場所の方がいい? 
変えた方が愉しいと思ったんだが…。」
「私はどっちでも構わないんだけど、ヒロ子に話したらね、普通は二人だけの待ち合わせ場所を決めるんですって。
凝ったカップルになると、その店の壁際の奥から2番目のテーブルとかって細かく指定するそうよ。
私、驚いちゃった。」
「俺は市ヶ谷から、君は代々木から電車に乗って、二人とも帰るのは中野で、だから新宿で落ち合ってるわけだけど、自然の成り行きでそうなったけど、新宿って場所はもう決まってるじゃない。
ただ、想い出をこしらえるためには、違う場所から、その日の二人が始まってた方が良いと思うな。
トレーナー発表会の時、柳沢が云った様に…、昨日と2日前の区別がつかなくなるのは、厭なんだ。
同じ場所で逢ってたら、忘れてしまいやすくなる…。」
「やっぱり、細心なのね…。」

 「ねえ、鉄兵君、誰に『悪い男』って云われたの?」
「え? 
ああ…。
誰だと思う?」
「どうせ、私の知らない人でしょうけど…。」
「フー子だよ。」
「…フー子ちゃん?」
世樹子は少し愕いてから、笑った。
作品名:愛を抱いて 24 作家名:ゆうとの