物語
天使のはしご
天使のはしご
小学校が終わると、いつもの帰り道。
田んぼと田んぼに挟まれた、長閑な田舎の一本道を私とのんちゃんはできるかぎりのろのろと歩いた。
できるかぎり一緒にいたいから、本当にのろのろと歩いた。
私が先に家の前にたどり着いちゃう時には本当に切ないものだった。
明日、また学校で会えるっていうのにね。
教科書をたんまり詰め込んだランドセルをしょって、
「重たいねえっ」って言いながらのんちゃんはトホホと笑った。
「重たいねえ」って私はへらへらと笑った。
そんな同じ重みに苦笑いしてるのも楽しかった。
お昼も過ぎて、ポカポカお日様に照らされて、道路は濡れたようにテラテラと揺れた。
あれは、蜃気楼というんだよって、のんちゃんが教えてくれたから、濡れた道路を見るといつも私は砂漠のオアシスに想いを馳せることができた。
のんちゃんは物知り。
おっちょこちょいな私をいつも助けてくれる、まるでちびまる子ちゃんに出てくる、たまちゃんみたいだった。大好き。
確か、当時のんちゃんと交換日記をしていた。
毎日ノートに何が書いてあるかなってとってもワクワクしたのは覚えてるのに、内容を全然覚えてないなあ。残念。
でも、今日のばんごはんはハンバーグだよ、とか、今日のたかくんのものまねは全然似てなかったね、とかそんなことしか書いてなかったよね、きっと。
いつのまにか交換日記は終わっていた。
私たちは、塗り絵に飽きて粘土で遊び始める幼稚園児みたいに、それを気にする風でもなく忘れてしまった。
ノートはどこいっちゃったのかな?
のんちゃんとの帰り道。
私たちは、日常の中で面白いことに出会ったら、心のノートに書き留めて、帰り道にそれらを披露しあって笑った。
私はアニメが好きだったけど、のんちゃんとアニメの話は一度もしたことがなかった。
のんちゃんは星新一のショートショートが好きだった。
私は絵本や童話が好きだった。その日に読んだ絵本をお母さんが子供に読み聞かせるようにのんちゃんに聞かせた。
抑揚をつけて面白く話すと、のんちゃんはケラケラと笑って、もう一回、もう一回と3歳の子供みたいに喜んだ。
それから、エジプトのピラミッドの謎や、UFOの話、人間の謎について、わからなくて考えていることをお互いに話して語り合った。楽しい帰り道。
六年生の秋がきた。
その日、私は家に続く脇道の前まで着いたのだけど、家に帰りたくなくて、「遠回りしちゃおっと!」ってのんちゃんにくっついていった。
家に帰っても、誰もいない寒い部屋で、紙に火をつけて、ストーブの中にぽいっと入れ、まきをくべ、火をおこすところから始まる。面倒だった。
ふぅーふぅーと息を吹きかける。
火がぶわっ、ぶわっと燃える。
今、考えるとなんて危ない家だったろう。私は10歳にして、ライターがあれば無人島で暖をとる術を身につけた。
それに学校ではあんまりのんちゃんと話せなかったから、暖かな会話をもう少し、していたかった。
私の家を過ぎてから、のんちゃんちまでの帰り道の途中に、右にまがるあぜ道があって、そこをもう一回右に曲がれば私の家についた。
淋しいときに優しいあぜ道。
その日のことは今でもはっきりと覚えてる。
私たちはペチャクチャといつもの自由に満ちたお喋りをしていたのだけど、のんちゃんがこう言った。
「人間ってのはね、結局、自分が一番かわいいんだよ。本能ってやつだよ」
のんちゃんは時々、私にはよくわからないことを言った。
私はその時、のんちゃんはまるでムーミンにでてくるスナフキンみたいだと思った。
ハーモニカは吹いていなかったけど、のんちゃんの後ろには格好いい風な木枯らしが吹いていた。
それから、そんなことを言ったりするなんて、のんちゃんは何か嫌なことでもあったのかなあと、なんとなく思った。
その時の私には、「へえ~」と、答えるしか出来なかった。
しんみりした雰囲気になって、二人、トボトボ歩きながら、
ふいに私は、
「ああーはしごがほしいな~」と呟いた。
「はしご?なにそれ」
のんちゃんに聞かれて、はて、私はなんでそんなことを今言ったのかなあと、自分が言ったのにも関わらず、すぐにはわからなかった。
それから、あれこれ自分の心に尋ねて、
「今日って、社会のテスト悪かったんだもん。それに、今日は野球があるからドラえもんつぶれちゃうし。寒いし。だからね、気分がずぅーんと底のところにあるから、のぼって元気になるハシゴが欲しいなあって」と答えた。
のんちゃんは大きな声で、「へぇ~なるほどね!気分のあがりさがりをからだのあがりさがりで例えたってわけだねえ。うまいことしたねえ。ハシゴほしいねえ」と言って笑った。
いつも私がのんちゃんに関心してばかりなのに、あんまり誉められたものだから、こそばゆくってえへへと笑った。
のんちゃんが笑って嬉しかった。
「今日、ハンバーグならいいねえ」
私が言うと、
「うん。今日はハンバーグがいいねえ」とのんちゃんが笑った。
作品名:物語 作家名:BhakticKarna