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物語

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 自分も何か遊具を楽しんでみようか、さて、何がいいだろうか、とぼんやり感えていると、ドンッと、右後ろから急にぶつかってくるものがありました。
 振り返ると、少し細身の青白い顔をした男でした。
 「ああ、ごめんよ。こんな風にね、こんな風に近づいてきたんだ…こんな風にぶつかった拍子にコッソリ僕のを盗んでったんだ…」
 男はそういうと、下を向きながらなにか探しているように歩きまわっています。
 「財布をとられたんですか?」旅人が訪ねると、男は、顔あげ悲しそうな顔で答えました。
 「財布?いや、そうじゃない。チケットさ。僕の大事なチケットだよ。ここは素晴らしいとこさ。でも、気をつけな。盗んだり、優しく近づいてチケットを騙しとろうとする悪いやつらもいるんだよ。中には、力づくで奪い取ろうとするやつもいるって噂さ。僕にはとうていそんなことできないね。今ね、誰かが落とした綺麗なチケットでも落ちてやしないかって探していたんだよ」
 こんな素晴らしい夢の世界のようなところに、そんな恐ろしいことがあるのかと旅人は少し不安な気分になりました。
 男はまた、下を向きチケットを探し始めました。
 「見つかるといいですね…」
 旅人はそう声をかけると、振り返って、また歩き出しました。

 旅人は少し歩き疲れてきたので、目に留まった一番そばのベンチにこしかけました。
 いつのまにか空はもう、オレンジ色の優しい光が雲を金色に染め、雲間からはさっきまでの青と、オレンジ、金が輝きながら混ざり合った煌めく彩りが広がっておりました。
 ああ、なんて綺麗なんだろう。
 オレンジの光が優しく降り注ぎ辺りを包み込み、にこやかに微笑む少女や無邪気に遊ぶ子供たちの頬を明るく照らしています。
 旅人は頬を撫でる涼しい風を感じながら、そっと目を閉じました。
 心地よい風にのってどこからか香ってくる甘いキャラメルと、それに混じったポップコーンの香ばしい香り…
 耳をくすぐる賑やかな子供たちの笑い声、少女たちの楽しげな話し声…クスクスとはにかむような男女の笑い声…
 さっきまで軽快に辺りを楽しませていたバイオリンやアコーディオンは、ゆったりとした穏やかな優しい音色を奏でています。旅人は耳をそばだてて、その美しい音色、懐かしいような流れるメロディーにうっとりと聞きほれました。
 とても心地よい気分になって、胸の奥から湧き出た暖かい波に体全体が包まれているようでした。
 しばらくして、目をゆっくりと開けると、辺りはすっかり暗くなり、空は濃い藍色に染まっていました。
 ぽつり、ぽつりとあちらこちらに煌めく星のように、小さな灯りがともりはじめました。
 楽団たちは訪れた夜を祝うように、今度は少し早いテンポのリズミカルな喜びに溢れた曲を大きな音で演奏しはじめました。
 旅人はすっくと立ち上がり出口へと歩き出しました。長居はできませんでした。ふとまだ一枚も使っていないチケットがポケットにはいっていたことを思い出しました。
 そこで、近くを歩く素直な目をした子供や、一人景色を眺めて立っていた老人、そして、先ほどチケットを探していた男を見かけ、それぞれに自分の三枚のチケットを手渡しました。
 それから、人通りの少ない木々の間の小道を抜け、遊園地のはずれの、静かな出口のそばまでやってきました。
 赤いレンガ色をした屋根の付いた、小さな出口の門にはぽつんとひとつ可愛らしい電球が灯っています。
 その下に、門番の男が一人静かに佇んでおりました。
 「本日は誠にありがとうございました。またのご来場、お待ちしております」
 門番が静かに言いました。
 旅人は門をくぐり、故郷へと向けて歩き出しました。

 
                       おわり

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作品名:物語 作家名:BhakticKarna