物語
このまま涙が溜まっていけば、プールになって向こうまで泳いで行けるかもしれないと思ったのです。
お姫様はみんなの泣きごえを聞きながら、じっと谷底を見つめました。
ここまで溜まってくるかしら。
けれど、人々は泣き疲れ、涙は枯れてしまいました。
「また誰かがしくしく泣くのを待つというの?お日さまが、プールを干上がせてしまう方が早いわ。
またあんな悲しい大合唱は聞きたくないわ」
お姫様はすっと立ち上がって勇気を出して大きな声で叫びました。
「みんな聞いて!谷の底をみてちょうだい!」
あたりがしーんと静まり返りました。 人々は、谷底を覗きこみました。
「涙がたまっているわ! えんぴつも谷底も、もしかしたらなくすことができるかもしれないわ!
みんなで力を合わせればこの恐ろしいものをなくすことができるかもしれないのよ!」
人々は初めお姫様の声に驚きましたが、嬉しくて泣き出しました。
かすかな希望が見えたからです。
えんぴつも谷底もこの世界から消してしまう力をそれぞれが持っていることに気づいたのです。
みんな、嬉しくて枯れていたはずの涙が溢れてきました。
みんな頑張って泣きました。
一生懸命に泣きました。
それからは、みんな昼はめいめいに自分のできることを一生懸命にしました。
詩を書きたいものは詩を考え、歌を唄いたいものは歌を考え、草で何か作るものもいました。
あの男の子は、草で笛のようなものをこしらえて、ピープーと吹いていました。
えんぴつひめは、歌を作って小さな声で練習しました。
夜になると、みんなでそれを見せ合いました。
煌めく星々の下、綺麗な歌声を響き渡らせ、華麗な舞を踊り、美しい言葉を轟かせました。
面白い話しを聞いては、可笑しいねと笑い泣き、愛の言葉を聞いては、嬉し泣き、 悲しく美しい演劇を見ては感動の涙を流しました。
見せたものは喜んでくれて嬉しい嬉しいと涙を流しました。
相変わらず、それぞれ、えんぴつの上にポツンといましたが、一生懸命に何かをして、誰かの喜んでくれる笑顔を浮かべてはワクワクしましたし、夜になりみんなで分かち合えばそれだけで幸せでした。
広いえんぴつの上にいる何人かでいる人々も自分たちに出来ることをしました。
人の悩みを聞いたり、具合の悪いものを看 病したりしました。病気で動けない者はありがとうと笑顔を見せて涙を流し、その笑顔を見たものは嬉しくて涙を流しました。
いつも近くから、懸命に練習する笛の音が聞こえました。
初めは不器用にピープー。
お姫様は可笑しくなってくすりと笑いました。
だんだん上手にピーピープー。
ある日のこと。
あの男の子がこちらをじいっと見つめていました。
何だろうと見ていると、男の子はこちらへ届くようにと笛を吹き始めました。
どこか悲しげに苦しげに、とても優しく暖かく慈しみ深く吹きました。
お姫様はもうそれで、男の子の込めた気持ちがすっかり伝わってきて涙が出たのでした。
満月の夜がきました。
お姫様は今ではすっかりお月様を見るのが好きになりました。
涙のプールはもうあと少しで地面に届きそうなところまで来ています。
今夜は、みんなで大きな声で大合唱。
みんな心を込めて、誰かを想い歌います。
お姫様はその大合唱を聞いて、なんだか心強くなって胸が熱くなりました。
暖かな声がみんなの胸にも響き渡りみんな熱くなりました。
みんな喜びに涙が溢れました。
朝日が顔を出し、輝く日差しが人々を照らす頃、とうとう、涙は、なみなみと注ぎこまれて、地面と同じ高さになりました。
それを見た人々は、わあー!っと歓声を上げて喜んで、上着を急いで脱ぎ、天にむかってぽいっと投げ捨て、 ばしゃん、ばしゃんと次々に涙のプールに飛び込みました。
ずっとずっといきたかった人の元へ泳ぎ、抱きしめあい、
イルカのように軽快に泳ぎ回り、地面と地面を行き来しては大きな声で笑い合いました。
あたりがすっかり明るくなる頃、涙のプールは広い海のようになりました。
もう地面がどこだったのかもわからないほどでした。
泳ぎの不慣れなものは手と手を取り合い、寄り添い、皆、喜びながら輝く海を泳ぎました。
お姫様は、人々の中に泳ぎを楽しむ男の子を見つけ、その笑顔に嬉しくなりました。
もう橋をつくることも、橋が壊れる心配も、谷底へ落っこちるかとびくびくとすることもありません。
想いやりと、優しさの涙によりたっぷりと満たされた幸せの海で心からすっかり安心して、いつまでも光る魚のように楽しく泳ぎました。
作品名:物語 作家名:BhakticKarna