物語
えんぴつひめ
あるところにお姫様がいました。
お姫様は、座った時にちょうど自分がすっぽり収まるくらいの切り取られたような、丸い地面の上に座っていました。
どういうわけでそうなったかわかりませんが、気付いた時にはもうそうなっていたのです。
地面の横は 四方八方、底の見えない深い深い谷底でした。
落ちたらひとたまりもありません。
つまり、お姫様は崖のように切り立った、まるで太くて大きなえんぴつの裏のところに座っているようなものでした。
まわりを見渡すと、自分より少し広い地面のえんぴつ地面に座っている人が見えました。
他にも、えんぴつはいくつもあり、二人で仲良く座っている人や、沢山の人々で座っているえんぴつもありました。
ある日のこと。
突然、ぶんっとひものようなものが飛んできました。
お姫様はおもわずつかみとりました。
それは、草で作ったひもで出来たハシゴのようなものでした。
遠くから声が聞こえます。
「おーい!君ー!それをしっかり、地面につなぎ止めてこっちへ渡っておいでよう!きみんとこは狭いから、こっちへおいでよー!」
一番近くのえんぴつの上の人が、手を振っていました。
お姫様は、地面に生えた堅い草にしっかりとハシゴの草をくくりつけました。
それから、恐る恐るハシゴの橋をつたって渡り、やっととなりのえんぴつへとつきました。
男の子がにっこり笑顔で待っていました。
二人はとても仲良しになりました。
昼は広いえんぴつで仲良く遊び、寝るにはせまいので夜には、お姫様は自分のえんぴつへと帰りました。
とても楽しい毎日でした。
お姫様がいつものように、ワクワクしながら橋を渡っていると、急に橋がぐらぐらと揺れだしました。
男の子が橋を外そうとしていたのです。
お姫様は、びっくりして青ざめて叫びました。
「やめて!おっこっちゃう!」
男の子は、何もいわずに、ほいっと橋のさきっちょを谷底へ投げいれました。
「キャー!」
橋がぶうんと揺れたので、お姫様はぎゅっと草にしがみつきました。
橋は反対の小さなえんぴつにバチンと当たりました。
お姫様は、泣きながらやっとのことでハシゴを登りきり、えんぴつのさきっちょにたどり着きました。
しばらく、お姫様はうつむいて悲しみに暮れました。
疲れて、ぐらりと体がくずれて、あやうく谷底に落っこちそうになりました。
それを見て遠くから笑う声が聞こえたように思いました。
お姫様はもう二度と橋を渡ったりしないと心に決めました。
そのうちお姫様はひとりぼんやりと空を眺めたりして毎日を過ごしておりました。
ある時、ひゅんひゅんという音が聞こえてきました。
後ろを振り返ると、少し離れたところから、一生懸命にはしごをお姫様のいるえんぴつへ投げ入れようとする人が見えます。
けれど、地面に生える草が足りないらしくお姫様のもとへは届かないのでした。
初め知らんぷりをしていたお姫様でしたが、その人があんまり一生懸命なので地面に生えていた堅い草を引き抜いて、こよりをつくりはじめました。
ロープをつくり、とうとう草の橋をこしらえました。
今度は自分で、橋を投げてみることにしたのです。
離れたえんぴつに思い切り投げてみました。
けれど、お姫様は力が弱いのでなかなか届きません。
何度も何度もなげると、やっと向こうへ届き、その人は地面にくくりつけてくれました。
しかし、お姫様のはじめて作ったはしごはあまりに弱くてもろく、渡っている途中で、ぷつりと切れてしまったのでした。
お姫様は危機一髪、難を逃れて自分のえんぴつへともどり、もう一度、はしごを作りました。
今度はもっとたくさんの草で丈夫に作りました。
ひょいと今度は一回で投げ入れることが出来ました。
橋を渡り出すと、びゅうーっと風が吹いてきて、橋がぐらぐらと揺れました。
すると、橋を外されたときのことや、ぷつりと切れた時のことを思い出して、急に足がすくんで動けなくなってしまいました。
お姫様はやっとのことで、ロープをはいながらつたって自分のえんぴつの上へ戻りました。
お姫様は谷底に落っこちるのがすっかり恐ろしくなってしまっていたのです。
何度かためしてみましたが、だめでした。
どうにか渡りたい、渡るにはどうすればいいのか考えましたがわかりませんでした。
夜が来ました。
あたりを見渡すと、ぽつんと一人でいる人が何人か見えました。
遠くには、橋を外す人や、強い風が吹いて壊れる橋から落ちる人が見えました。
橋は時々、渡りながら草で補強してやらないと、弱って壊れてしまうこともあるのでした。
お姫様は怖くなって、ぎゅっと目を閉じました。
ギャー!と叫び声が聞こえました。
お姫様は耳も塞いで恐ろしい夜を過ごしました。
何日もそんな夜を過ごすうちに、橋をつくることも渡ることもとうとう諦めてしまいました。
それから、一人で草遊びをしたり、夜の星を眺めては唄ったりして過ごしました。
もう一人で気楽でいいわっと唄いました。
時折、橋を投げてくる人がいましたが、見向きもしないのでした。
とても月の綺麗な夜のことです。
お姫様は月を見上げていました。
こんな日は一段と鬱々としました。
寄り添いながらうっとりと、月を眺める人々を見たり、昔二人で見た月を思い出すからでした。
お姫様の瞳からぽとりと涙が零れました。
私、なぜ泣いているのかしら、とお姫様は不思議に思いました。
お姫様はしくしく泣きました。涙がぽとりぽとりと落ちました。
私、なぜこんなに涙が零れるのかしら。
姫様は声を出して、わんわん泣きました。
涙がぽとりぽとりぽとりと落ちました。
すると、どこからともなく、わんわんと泣き声が聞こえました。
お姫様の泣き声につられて、ひとりぽつんといた人が泣き出したのです。
泣き声は、ひとつ、またひとつと増えました。
涙が沢山流れて落ちました。
わんわんと大きな泣き声があたり一面に響き渡りました。
それに気づくと、お姫様はぴたりと泣くのをやめました。
ああ みんな泣いているわ。
人々の泣き声が、慰めの歌のようにも聞こえるのでした。
ああ、あの男の子も草橋を持ってあんなに泣いているわ。
今度は、自分が橋をはずされてしまったのね。かわいそうに。
お姫様は、自分が悲しいことも忘れて人々の悲しむ姿を見ていました。
どうしたらみんなが泣きやむのか考えていました。
お姫様は男の子の握りしめた崩れた草の橋を見つめました。
たらりと谷底へと垂れた草の橋。
その先を見つめると、なにやら きらりと光るものを見つけました。
たくさんの涙で、いつのまにか谷底に涙がたまっていたのです。
お姫様は泣いてしまったけれど、そのおかげでいいことに気がついたのです。
作品名:物語 作家名:BhakticKarna