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愛を抱いて 23

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バイキングの前には、待っている客が1人も居なかった。
我々は2人ずつに分かれて、それぞれ両端の一番高い処に座った。
「ノブちゃん、ちょっと変な事訊くけど…。」
私は云った。
「何…?」
我々だけではさすがに運転を始められず、バイキングは今少し他の客がやって来るのを待っていた。
「ゆうべさ、俺、真夜中に、その…、君に何かしたかい…?」
私はそれとなく、彼女を観察した。
「何かって…?」
ノブは表情を変えなかった。
(やはり、夢だったか…。)
「いや、ゆうべ俺、夢を視てさ…。」
「どんな夢…?」
「それが、とんでもない夢なんだ。」
「…。」
「怒らないでくれよ。
夢の話なんだから…。」
ノブは頷いた。
「君の夢なんだ。
君が隣で寝ていたせいだろうけど、君とさ、その…、キスをしたんだ。 夢の中で…。」
「…。」
「気を悪くしたら、御免。
でも嘘じゃないんだ。
ただ、本当に…。」
「私も同じ夢を視たわ…。」
「え…!?」
私は身体に水を浴びた様な感覚を覚えた。
思わず振り向いて、彼女の顔を見つめた。
彼女は変わらない微笑みの表情で、私を視ていた。
「同じ夢って、まさか…。」
胸に、緊張に似た得体の知れない物が込み上げて来る中で、私は彼女の先程からの微笑みの理由を理解した。
「…あの、部屋の布団の中で、キスした夢かい…?」
「ええ。
キスの後、鉄兵君、他にも何かしたわ…。」
決定的であった。
「いや、…俺、寝惚けちゃっててさ…。」
云った後で、私は(しまった…。)と思った。
彼女の胸の辺りを、私の視線がかすめた。
そして私は、紗に包まれた記憶の中で、何の抵抗もなく唇を、また私の手がその胸に触れるがままに許した彼女の様子を、想い出していた。
気がつくと、世樹子と柳沢がこちらへ手を振っていた。
私とノブも振り返した。
発動のベルが鳴った。


                         〈四五、豊島園遊園地[前編]〉






46. 豊島園遊園地〔中編〕


 「いやぁ、やっぱり食後のバイキングは最高だな…。」
「全く、二人ともどうかしてるわ。
この時間に、乗ろうとする人がほとんどいなかった理由が、やっと解ったわよ…。」
「あの下腹に来る刺激が、何とも云えずいいよな。」
「俺なんて最後の辺で、本当に吐きそうになったぜ…。」
そう云った後、柳沢は突然呻き声を上げ、口に手を当てて背中を丸めた。
「まあ! 
柳沢君、大丈夫…?」
「…嘘さ。」
世樹子は柳沢の背中を強く叩いた。
柳沢は再び口に手を当てると、今度は腰を落とした。
「あ、御免なさい…。」
世樹子は愕き、慌てて彼の背中を摩ろうとした。
柳沢は、笑いながら走り出した。
世樹子が、すっかり軽くなったバスケットを振り回した。
「次は何にするの?」
ノブが云った。
「そう云えば、まだ大事なものをチェックしてなかったな。
お化け屋敷はどこにあるんだろう…?」
私は云った。
「おい、幽霊屋敷があるぞ。」
向うで柳沢が叫んだ。
「あったって、鉄兵君。」

 私は2度目に吐く真似をした時の、柳沢の一瞬真剣な表情が、少し気になっていた。
「幽霊屋敷」を出た後、私は「少し休もうか?」と皆に云った。
「午後の部は、まだ始まったばかりだぜ。
全部乗ろうって云ったのは、お前だろ?」
柳沢は云った。
世樹子とノブも、全然疲れていないと答えた。
昼食の時間以外、我々は間髪を入れずに乗り物に乗りまくっていた。

 決定的なダメージを彼に与えたのは、縦にローリングしながら動き廻るその乗り物であった。
1回乗り終わった後で、私と柳沢は当然の様に、ペアを替えてもう1度乗ろうと云った。
彼女達は悲鳴を上げながら眼を閉じ、両側の握り棒を両手でしっかり握り締めていた。
そして我々は、自らの手を汚す事は愚か、何の危険も努力もなく、ゆっくりと彼女等のスカートの裏地や、ストッキングの普段では観れない部分を観賞する事が、更にクライマックスの瞬間には、その日のショーツの色を確認する事ができた。
「ローリング・サンダー」という名の、甘美なその乗り物を降りてから、柳沢はトイレへ駆け込んだ。

 「鉄兵君、世樹子ちゃんが呼んでるわよ。
柳沢君が…。」
私は柵に顔をつけ、「ローリング・サンダー」の若い女性が乗っている車輌を選んで、眺めていた。
「眼が離せない処でしょうけど、ちょっと来てくれる?」
「ああ…。」
私はノブの後ろに付いて、木陰にベンチが置いてある処へ行った。
柳沢は自分のスタジャンを毛布の様に被って、ベンチの上で仰向けに寝ていた。
「柳沢、もう想い残す事もないだろう…? 
安らかに逝ってくれ…。」
近づいて私は云った。
「ああ…。」
濡らしたハンカチを額に当てられた下で、彼は呻く様に云った。
「食べてすぐバイキングに乗ったのが、いけなかったのね。
そして私が背中なんか叩いたから…。
本当に御免なさい…。」
「違うよ…。
そもそもの原因は、ゆうべの酒と睡眠不足さ…。
気分がおかしくなったのは、さっき『ローリング・サンダー』を降りた時だよ…。」
泣き出しそうな顔をして、そばに腰を落としている世樹子に柳沢は云った。
「私、救急の医療所を捜して来る。
鉄兵君達、柳沢君をお願いね…。」
世樹子は立ち上がって云った。
「いいよ。
止してくれ…。
このまま、1時間ばかり放っておいてくれれば、大丈夫だ…。」
柳沢は弱々しい声で云った。

 私はノブと一緒にその場を離れ、乗り物に乗りに行った。
世樹子は柳沢のそばに付いてると云って、そこに残った。
「私が、おむすびまで作ろうって云ったから、いけなかったのね…。」
歩きながら、少し肩を落としてノブは云った。
「いったい、どういう事だい?」
「知ってるわ。
鉄兵君と柳沢君が、無理して全部食べてくれた事…。」
「考え過ぎじゃない? 
だって、俺は全然平気なんだぜ。」
「本当に鉄兵君は元気ね…。
無茶する事に、もう慣れ切ってるって感じ…。」

 「私って、そんなにいつも、顔が笑ってる?」
ノブは云った。
「え…、どうして…? 
香織の奴…。」
「いいのよ。
前からよく云われてる事だから…。
香織も云った事あるのよ。」
「何て酷い女なんだ、あいつと来たら。
そんな事云うなんて…。」
「1人で居る時、鏡を視てシビアな顔の練習してるのよ。
みんなで居る時も、心掛けようとするんだけど、駄目ね。
生まれ付きだから…。」
「御免よ。
でも、笑顔を曇らせる練習なんて、止めなよ。
勿論、君は常に笑ってなんかいないさ。
君の微笑みが素敵だから、その残像がきっと、いつまでも残ってしまうんだよ…。」

 幾つかの乗り物に乗った後、二人は柳沢と世樹子の居る処へ戻った。
柳沢は起き上がって、世樹子とベンチに座っていた。
「何だ、生き返ったのか。」
私は云った。
「ああ、済まなかったな…。
もう大丈夫だ。」
作品名:愛を抱いて 23 作家名:ゆうとの