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愛を抱いて 22

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「いいのよ。
本当に奇蹟なんだから…。」
世樹子は云った。

 「でも、久保田は偉いよ。
ちゃんと夢に近づく努力をして、それを半分実現したんだもの…。」
ヒロシが云った。
「あら、ヒロシ、妬んじゃ駄目よ。」
フー子が微笑みながら云った。
「私、別に、夢に近づいたわけでも何でもないわよ…。」
香織は云った。
「合格したって云っても、当分は研修生でしかないの。
研修期間の最後に、内部オーディションみたいなのがあって、それに合格して初めて、俳優として劇団員になれるのよ。」
「メジャーなその、スポンサーと広告代理店がやるオーディションなんかは、受けてみる気なかったの?」
柳沢が云った。
「ええ、受かりっこないし…。
私、全てを捨てても女優になりたい、とか言うのじゃないのよ。
小さな舞台に立てれば、充分だわ。
いい加減って言うか、欲張りって言うか…、普通の幸せも、やっぱり欲しいの…。」
「女の幸せ?」
「まあ…、そうね…。」
「久保田もやっぱ、女だったんだなぁ。」
「君は多分、東京へ来てから、そんな願いを持つ様になったんだろう…。」
柳沢は云った。

 「ヒロシと鉄兵は、秋のも受けたんでしょ? 
CBSソニーのオーディション…。」
香織は云った。
「うん、すぐにテープが返って来なかった処を見ると、一応テープ審査の対象には入ってるらしい。
でも駄目だろうな…。」
ヒロシが云った。
「お前等も地道な努力って言うか、活動をしっかりするべきなんだよ。」
柳沢が云った。
「俺は、そのつもりなんだぜ。」
ヒロシが云った。
「俺は一発賞って言うのにしか、興味ないな。」
私は云った。
「もし受かったら、いきなりメジャーって言うのが良い。
俺達は、地道な努力なんて避けるべき世代さ。
そうであるべきに余る才能が、俺達にはあるんだ。
今の音楽シーンを観ていて、そうは思わないかい…?」
「相変わらず、自信家ですこと…。」
「人に何かを伝えたいと思う者は、皆、自分の中に、それぞれの形で自信を持ってるものさ…。」


                            〈四三、Gの響き〉






44. 朝の光眩しく


 「久保田、もっとジャンジャン呑んでくれよ。
パーティーの主役なんだから…。」
「解ったわよ。
呑めば好いんでしょ…。」
我々は彼女に何度も酒を勧めた。
しかしそれにしても、その晩彼女は、珍しくよく呑んだ。
普段から彼女は酒の呑める女であり、またよく呑む方であったが、必ず自分のペースを守り自ら予想し得る酔い方しかせず、決して酒に酔わされる事はなかった。
しかしその夜、彼女は勧められるままに、どんどんウィスキーを口にした。
そして彼女は、潰れてしまった。

 下へ行って何度か吐いた後、香織は横になって眼を閉じていた。
「全く、誰? 
こんなになるまで、無理に呑ましたのは。」
香織に毛布を掛けてやりながら、フー子は云った。
我々三人は口々に「俺ではない。」と答えた。
「だっていつもは、いくら呑めと云ったからって、自分がもう厭だと思ったら絶対呑まないぜ、久保田は。」
「香織ちゃん、大丈夫かしら? 
珍しいわ、こんなに…。」
水に濡らして絞ったタオルを持って、部屋に戻って来た世樹子が云った。
「そうね。
本当に珍しいわね…。」
世樹子からタオルを受け取り、フー子は香織の顔をそっと拭いてやった。
香織は苦しそうな表情を浮かべ、固く眼を瞑っていた。

 「じゃあ、私、もう帰るわね…。」
零時を過ぎた頃、フー子は自分のアパートへ帰って行った。
彼女は翌日も、早くから授業に出なければいけないという事だった。
香織は眠っていた。
「とっても辛そうだったけど、もう落ち着いたみたいね…。」
「それにしても、久保田、今夜は少し変じゃなかった?」
「自分の合格祝いだったから、きっとみんなに気を使って無理に呑んだのよ…。」
ただ、香織は勘の鋭い女だった。
「さて、俺も今夜は帰らなくちゃ…。」
ヒロシが云った。
「何だ、帰るのか。」
「部屋で彼女でも待ってるの?」
世樹子が薄笑みを浮かべて云った。
「駅まで、付き合おう。」
そう云って、私はヒロシと立ち上がった。
フー子を送って、ちょうど帰って来た柳沢と入れ違いに、我々は三栄荘を出た。

 「鉄兵ちゃん、本当にソニーはまだ何も云って来ない…?」
「ああ。
心配するな。
俺はもう落っこちてるさ。
そのうち、テープが戻って来るだろう…。」
「鉄兵ちゃんの曲が受かんないんだったら、俺なんて絶対無理だよな…。」
「そんな事解らんだろう。
ヒロシのは個性が光ってて、むしろ俺より望みがあると思うぜ。」
「サンクス…。
でも俺には鉄兵ちゃんの様な、センスの良い綺麗な詞や曲がどうしても書けない。
才能が足りないんだよな…。」
「云っとくけど、俺のは全部コピーだぜ。
お前の方が、ずっと才能を感じさせるはずさ。
本当だぜ、これは…。」
「いつか…、二人でビッグになりたいよ…。
きっと…、早く…。」
星の観えない夜空を見上げて、ヒロシは云った。
「なれるさ。
勿論…。」
「それから…、鉄兵ちゃんも一緒にライブ・ハウス出てくれよ。
厭なのは知ってるけど、一度でいいから…。」
「ああ、解った…。」
「本当? 
約束だぜ…。」
手を挙げると、ヒロシは上りの最終を待つ、ガランとしたホームへ歩いて行った。

 「ノブちゃんは今夜、帰らなくて良いんだろ?」
柳沢が訊いた。
「飯野荘に泊めてもらう予定だったんだけど…。」
ノブは云った。
「香織はもう、自分からは眼を覚まさないぜ。
無理に起こすと、また吐くだろうし…。」
私は云った。
「世樹子は泊まってくんだろう? 
ノブちゃんも泊まれば良い。」
「じゃあ、ノブちゃん、そうしましょう。」
「ええ…、でも迷惑ではないかしら…?」
「よし、それじゃ、呑み直そう。」

 「みんな愉しくて、良い人達ばかりなのね…。」
ノブが云った。
「そうかい? 
俺は最近、悪い男だって云われたばかりだが…。」
「ノブちゃんだって、凄くいいぜ。
奥ゆかしくて、ファミリーの中で最も女性らしい女性だ…。」
「あら、私だって初めはそうだったでしょ? 
今は慣れちゃったから…。」
「ノブちゃんはもう充分、何度も俺達と逢ってるぜ。
本当に質素な女性は、慣れたからといって化けの皮が剥がれる事はないのさ。」
「…あれ、そうで御座いましたの? 
ほっほ…。」
ノブはいつも優しい微笑みを浮かべながら、黙って皆の話を聴いている、そう言った女性だった。

 柳沢は自分の部屋で寝ると云って、部屋を出て行った。
「4人じゃ、狭いかな…?」
布団を敷きながら、私は云った。
「私達は構わないわよ。」
世樹子はノブと共に部屋を片付けながら云った。
「それに柳沢君、隣で誰かが寝てると、自分がなかなか寝付けないからって、厭がるんでしょ…?」
作品名:愛を抱いて 22 作家名:ゆうとの