愛を抱いて 22
「ああ、あいつも段々我ままになって来やがった…。」
敷布団を2つくっ付けて敷き、その上に女性3人が寝て、私は壁際で毛布だけを被り、カーペットの上で横になる事になった。
「鉄兵君、いいの?
寒いんじゃなくて…?」
世樹子が云った。
「余り俺に気を使うと、朝になって後悔する事になるぜ。」
「そうね。
鉄兵君、危険人物だったわね…。」
眠り続けている香織を敷布団の中央に寝かせてから、世樹子は窓側の布団の上に膝を付いた。
「あ…、私が窓際へ行くわ…。」
ノブが云った。
窓枠はサッシになっていたが、私の部屋のカーテンは夏用の薄い物であり、既に窓際は少し冷え込む事が予想される季節となっていた。
「二人とも、俺の横では寝たくないらしいな。
まあ、信用されないのが当然ではあるが…。」
「いいえ、そうじゃないけど…。」
ノブは云った。
「ノブちゃん、怖いでしょうけど、どうかしっかり自分を守って、頑張って頂戴ね…。」
掛け布団の中に潜り込みながら、世樹子は云った。
やがて「カチッ」という小さな音が三度聴こえて、部屋は暗くなった。
私は寝返りを打った。
ノブの顔がそばにあった。
「寒くない…?」
彼女は囁いた。
「少し…。」
彼女は掛け布団の端を少し上げて、隙間を造った。
私は毛布にくるまったまま、そこへ入った。
そして彼女にも毛布を被せた。
彼女の身体の温もりを感じた。
彼女は微笑んでいた。
だが視界が朧で、全体に紗がかかっていた。
私はそっと唇を求めてみた。
彼女は眼を閉じた。
長い口付けをした。
ただ、全てが朧で、夢の中の出来事の様であった。
私は彼女の胸に触れてみた。
私の手の上に、彼女は自分の手を乗せた。
彼女は温かく、柔らかだった。
そして、心地良さそうに眼を閉じていた。
ただ、全てが朧だった。
(夢だったのだろうか…?)
翌朝、眼を覚まして、私は考え込んだ。
(記憶が朧なのは夢の様でもあるし、かと云って唇と胸の感触は非常にリアルだった…。
何より身体の温もりは、とても夢とは思えない…。
しかし、暗闇の中で彼女の表情が解ったのは、なぜだ…?
途中までは現実に起こった事で、口付けから先は夢という事も…。)
「鉄兵君、いつまでボーッとしてるの?」
そう云って世樹子は、私の前に灰皿を差し出した。
私は慌てて、長くなった煙草の灰をその上へ落とした。
「香織は…?」
「香織ちゃんは、午前中に用事があるからって、起きてすぐ帰ったわよ。」
「何だ、あれだけ酔って、もう平気なのか。」
「少し頭が痛いけど、すっかり大丈夫って云ってたわ。」
ノブに尋ねてみれば、はっきりするだろうという結論を私は得ていた。
「さすが、久保田は普段から伊達に呑んでないな。
俺なんて、1週間酔いをした事あるもの。
おまけに胃炎まで起こして…。」
起きて部屋へ入って来た柳沢が云った。
「あれは可笑しかったよな。
テレビ視ながら悲鳴をあげてるんだもん…。」
私は眼を覚ました時、ノブが寝ていた位置にいた。
だが、彼女等が起きた後、私を布団の中へ移動させてくれたという事は、充二分に考えられた。
ノブは窓際に世樹子と並んで座り、いつもの様に微笑んでいた。
「それにしても、今日は良い天気だな…。」
柳沢が云った。
「本当ね…。」
振り返って、開け放された窓の外を視ながら世樹子は云った。
新しい朝の光が、彼女達の肩に眩しく踊っていた。
私は立ち上がって窓際へ行った。
空には雲が見当たらず、まさに青々とした快晴であった。
「ほぅ…。
こういうのを、小春日和って云うんだろうな…。」
私は云った。
「小夏日和って感じじゃない?」
「うん。
どっちにしろ、授業に出るには惜しい天気だ。」
「本当だ。
実に勿体ない…。
でも鉄兵は体育だろ?」
「ああ、そう云えば、そうだったな…。」
「やっぱり、出なきゃね…。」
「…どうしようかな?
休んでもいいんだが…。」
「休むの?」
「休んじまうか…。
よし、休む!」
「そうだ!
休め!」
我々は歓声を上げた。
「ねえ、どこへ行く?」
「どこにしよう?
ピクニックってのが理想だが…。」
「遊園地なんて、どう?」
「遊園地?
最高…!」
「いいわね。
私、大好き。」
「ノブちゃんは?」
「ジェット・コースターが好きなの…。」
「OK。
決まりだ。」
11月5日の朝、我々は突如、遊園地へ行く事になった。
「ここからだと、取り合えず西武園か豊島園か後楽園だな…。」
「赤サク」で柳沢は云った。
「後楽園は、つまらんだろ…。」
トーストをかじりながら、私は云った。
「私、ずっと行きたかったんだ、遊園地。
やっと行けるわ…。
とっても嬉しい…。」
世樹子が云った。
「何で今まで、黙ってたんだい?
行こうって云えば良かったのに…。」
「だって、みんなきっと、つまらいって云うと思って…。」
「隠してたわけじゃないが、俺は好きだぜ、遊園地。」
「豊島園が面白いそうよ。
聴いた話だけど…。」
ノブが云った。
「よし、決定。」
行き先は、豊島園に決まった。
〈四四、朝の光眩しく〉