化け猫は斯く語りき
4.『埋もれる死体』
麗かな春の陽に照らされた桜はどれもこれもが咲き誇り、古来より人間は満開の桜を酒の肴にした宴を開いていたものである。美しく咲く桜の木の根元には死体が埋められているなどの噂が実しやかに囁かれていることを吾輩が知ったのは最近の事である。
遥かなる昔に出会った妖木が人間や動物を生きながらに捕らえてはその養分を長く吸い取っておったのであるが、血の色が混じった紫の花には微塵も美しさを感じる事はなかったと記憶している。尤も吾輩の美意識と人間のそれとは別物であるが故、あくまでも吾輩の主観であると云うことを忘れずに留め置いて欲しいと思うのである。
花見なる宴の席では上手くすれば食べ物を分け与えて貰う事が出来る。ただし相手を間違ってしまえば手痛いしっぺ返しを喰らう事となる。狙い目は若い女人であるのだが、男女比や座り位置なども重要な判断材料となる。つまりは女人と親密になるきっかけとして利用する男と、それを知った上で行動する女人との駆け引きの匂いを嗅ぎ分ければ良いのである。
この頃の吾輩は数匹の猫属と共に行動する宿無し猫であった。幼くして親を失うと云う不幸に見舞われた同属を放っておくことなど出来なかったのである。それから数年経ち、皆に生き延びるための様々な知恵を伝えた。これから行う匂いの嗅ぎ分けもその一つであり、吾輩からの卒業試験でもあった。
皆それぞれが充分な食を得た事を確認したのち、吾輩は皆に別れを告げてその場を離れた。ほんの少し歩を伸ばしただけで人間の気配が薄くなる。
ふと風が吹き、桜の花びらがはらはらと舞った。見上げた先には猫属の吾輩ですらも息を飲む程に美しい桜が咲いていたのである。
「なんと風流な、なんと雅に富んだ風観であろうか」
吾輩を慰労してくれたこの桜の樹を今度は感謝を念を込めて見上げた。