化け猫は斯く語りき
3.『恐怖の味噌汁』
ぽかぽかとした日溜りを安穏と独占できるのは飼われ猫の特権であると云えよう。流浪の身であれば如何なる時も次の食事を憂慮せねばならぬ故、かように安穏と寝転がっておることなど出来はせぬのである。
この家で厄介になるようになって早十年。吾輩を拾って持ち帰った幼子は立派な大人となり、つい先日この家を去った。人間社会の慣習には疎くあるので詳しい経緯は分からぬが、それぞれの成すべき責任と目的に従って住む場所を変えるのが人間という生き物であるようであった。
比較的裕福であったが故、心に貧しさを抱えていた家庭であったが、どうやら吾輩が存在する事によってその隙間を上手く埋められていたようなのである。
それはそれで大変喜ばしく、且つ、誇らしくもあるのであるが、吾輩は近いうちにこの家を出ると心に決めているのである。であるから、飼われ猫の特権を今のうちに堪能しておこうと思い、かようにごろごろとしているのである。
「ごはんよー」
「にゃああぁぁぁ」
吾輩はむくりと起き上がった。四肢にずしりとした自身の重量が圧し掛かる。
吾輩がこの家を出ようと心に決めたのは、この食事が原因なのである。
美味過ぎるのである!
多過ぎるのである!
永年に渡る流浪の旅で培ってきた次の食事への憂慮によって、吾輩は食べられる時に食べられるだけ食べてしまうのである。
吾輩は自分を守っていたのである。
吾輩は変化に怯えていたのである。
吾輩は覚悟を決めたのである。
吾輩は……
吾輩は……
吾輩はデブ猫である。