化け猫は斯く語りき
2.『悪の十字架』
吾輩は魔性を帯びた化け猫ではあるが、人間を襲うような事をするつもりなどは微塵も持ち合わせておらぬ。まさしく猫の額ほどもないのである。
一部の人間どもが猫属は“人に馴れるのではなく家に馴れる”などと云っておるのだが、それは人間と猫属との価値観の相違から生じるものなのである。
行雲流水、主を戴かぬままにしばらくの年月を過ごし、風の向くまま気の向くままに歩を伸ばしておると、吾輩の眼前に一匹の猫属が現れたのである。
「おみゃーさん、旅猫だがや?」
第一声の余りの馴れ馴れしさに、さしもの吾輩も少々の途惑いを覚えずにはおられなんだのであるが、挨拶も返さず何も云わないのは険呑であると思ったから「吾輩は猫である。名前はまだ無い」とだけ冷然と答えた。
「腹減っとりゃせんかね?」
「そうであるな、これから狩場を探そうとしていたところではある」
「ほいだら、一緒においでん」
「む? もしや馳走して頂けるのであろうか?」
「気にせんでえーがね」
トラ縞の背中についてしばらく歩くと、なにやら古びた洋館のような建物の裏手に到着し、トラ縞はひょいと塀の上に飛び乗ると構わず敷地の中に降りたのである。吾輩も急ぎ後を追うと、ここの住人と思わしき人間の男がにこやかな笑みを浮かべて待ち受けていたのである。
「おや、今日はお友達を連れて来たのですね。よろしい、夜は少し多めに用意することにしましょう。今は仲良く分けてくださいね」
物腰穏やかで丁寧な言葉を使う人間の男が身に着けている服に見覚えがあり、吾輩はこの建物が如何なる場所であるのか思い当たったのである。
人間の男の首には銀に光る十字の飾りが掛けられていた。人間の男は神父であったのだ。海の向こうにある西洋と呼ばれる地域で生まれた宗教であると記憶しておるのだが、如何に化け猫であっても所詮吾輩は猫である。宗教が如何なものであるのかについてとんと興味を抱くことがなかった故、それについては何も語ることが出来ぬのである。
「おみゃーさん、ただの猫じゃにゃーだね?」
トラ縞は唐突に問い掛けてきたのである。