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愛を奏でる砂漠の楽園 01

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第二夜◆広間に現れた赤い鳥

「酒でも如何ですか?」
 父王の元を離れ広間の一角で胡床をかいていると、そんな声と共に隣へと腰を下ろした者がいた。横を見ると、硝子で出来た杯と共に、香辛料(アニス)で香り付けがされている蒸留酒(ラク)が入った瓶を手にしているハムゼの姿があった。
 酌など奴隷の仕事であるというのに、わざわざ彼は酌をしてくれようとしているようだ。その理由が何故なのかという事を、シナンは簡単に察する事が出来た。今は気が置けない人間以外を側へと置きたい気分では無いという事を、ハムゼは察したのだろう。
 相変わらず察しの良い男である。
「いや、良い」
 ハムゼの気遣いは有り難いものであったが、酒を飲む気分になれずシナンは酌を断った。
 酒を飲む気分にもなれないが、目の前に並んでいる料理に手を付ける気にもなれない。食欲をそそる香りを漂わせている料理を見つめる事によって、少し前に見た光景がシナンの脳裏へと甦る。



 シナンが父王の喜寿の祝いの席へと遅れる事となったのは、決して祝いの席へと参加したくなかったからでは無い。否、確かにそれも理由の一つではあるのだが、別にもっと大きな理由があったからと言った方が良いだろう。
 国の中が急激に悪化しているという報告を受け、そう急にそれを確認しなくてはいけないと判断し、信頼できる家臣だけを連れて朝から城下町へと下りていた為、シナンは祝いの席へと遅れる事となったのだ。
 暫く城下町へと下りていなかっただけであるというのに、城下町の状態は、報告通り少し前に視察をした時よりも劣悪なものへとなっていた。
 路上には行き場を失った者の姿が多くあり、嫌な空気が町全体を包んでいた。城下町ですらこんな状態へとなっているのだから、町から離れた場所がどうなっているのかという事など安易に想像する事ができた。
 ここまで国の中が悪化してしまったのは、父王が即位してから徐々に高くなっていた税率が、先の戦いに敗れた事により更に高くなってしまった事にあるのは間違いが無い。
 国を維持する為には、税は必要不可欠な物である。しかし一定以上の税を採取しても、国民が貧しくなり国内の状態が悪化するだけでしか無い。
 視察の途中何もせずにいる事ができず、今にも死に絶えそうになっている子供達に、シナンは近くで買った食べ物を分け与えた。
 食料を口にする事によって子供達の顔色は多少ましになったが、こんな事をしただけではその場凌ぎにしかならない。根本的な問題を解決する必要がある。
 誰が見てもそう思う事である筈だというのに、父王はこの状態をどうする気も無いようである。それどころか、城下町の状態へと目を向ける気さえも無いようである。



「……この国が貧困した状態へとなっているというのに、暢気なものだ」
 この宴を開くために投じた費用を国民へと回せば、飢えて死ぬ事になる民を何人も減らす事ができる。民を犠牲にして優雅な生活を送るのが王の仕事では無い。民を幸せにするのが王の仕事である筈だ。
「その話しはまた後ほど」
「分かっている」
 不満げな表情を浮かべながらも、ハムゼに諭されシナンは口を噤んだ。
 誰が話しを聞いているのかという事が分からないここで、王を非難するような話しをするべきでは無いという事など分かっている。幾らシナンが第一王位継承権を持つ王子であっても、誰かに聞かれ王の耳へと入るような事になれば、何らかの処罰を受ける事となる可能性もあるのだ。
 絨毯の上へとハムゼが置いた杯を手に取り、シナンは乱暴な手つきで蒸留酒をその中へと注ぐ。喉の奥へと酒を流し込んでみたが、苛立ちが収まるどころか更に激しくなるばかりであった。
 久しぶりに父王の顔を直接見たが、不摂生な生活を送っている為なのか年齢よりもかなり老け込んで見えた。
 あれでは長くは生きられまい。けれども今直ぐに死ぬという事は、暗殺でもされない限り無いだろう。
 父王を肉親であると思った事は一度も無かったが、流石にそこまでするつもりはシナンにも無かった。だからと言って、このまま父王の死を待つつもりも無い。
 足場を固めるまであと少しの辛抱だ。
「酒が足りないぞ!」
「直ぐに酒を持って参りますので、暫しのお待ちを」
「待て。お前はここに居て俺の相手をしろ」
「あッ……。大臣、お戯れを」
 杯を手にしたまま考え込んでいるシナンの耳に、周りで交わされている賑やかな声が流れ込んで来た。
 これ以上、現実味の無いこの部屋の中に居る気になれない。胡床をかいていた絨毯の上からシナンが立ち上がろうとした時、広間の中に居る楽器を持った男達の姿が増える。それと共に、部屋の中へと流れている音楽の曲調が変わった。
 広間の中に流れている音楽がチフティテッリと呼ばれる舞曲へと変わった事から、今からラクス・バラジが始まろうとしているのだという事を察する事ができた。既に見飽きた物であるそれは、シナンをこの部屋の中へと引き留める事ができる程のものでは無かった。
 このまま部屋を出て行くつもりであったというのに、広間の中央へと姿を現した人物の姿を見て、シナンは浮かしていた腰を元へと戻した。
 今からラクス・バラジを披露しようとしているのは、華奢な体に丈の短いサリーブラウスと、床へと裾が付いてしまいそうな程の長さがあるスカートとハーレムボトムを纏い、手足に嵌っている腕飾りや足飾りと同じように、金色のコインが幾つも付いた腰布を巻いた若い男であった。
 先日二十歳へとなったばかりの自分よりも僅かに若く見える事から、彼が十代後半である事をシナンは推測する事ができた。
 男に興味の無いシナンが彼に目を奪われてしまったのは、ラクス・バラジの踊り手である事を示す衣装を纏っているというのに、雪を欺くような肌と淡い蜂蜜色の髪という、異国の民であるという事が明らかな外見を彼がしていたからだけでは無い。
 確かに異国の民であるという事が明らかな外見をした者が、この国の伝統舞踊であるラクス・バラジを舞うというのは珍しい事であったが、目を離す事ができない程のものでは無い。
 シナンが目を離す事ができなかったのは、腰に届きそうな程に長い髪で片眼を隠していても分かる程、彼が繊細な面立ちをしていたからだ。目を離す事ができなかったというよりも、目を奪われてしまったと言う方が正いのかもしれない。
「あれは、誰だ?」
 隣にいるハムゼへと話しかけながらも、シナンの視線は広間の中央へと向かったままとなっていた。一瞬たりとも目を離す事無く見つめる事によって、今から舞を披露しようとしている人物に、全く表情が無い事へと気が付く。
 大勢の人間の視線を浴びている状況の中に居るというのに、彼は表情一つ動かす事さえも無かった。顔立ちが下手に整いすぎている為、表情が全く無いと、まるで大きな人形のようにすら見える。
「そういえば、シナン様は彼を見るのは初めてでしたね。以前まで宴の席で舞を披露していた側室が王の寵愛を失い大臣に払い下げられましたので、その後任としてここ最近舞を披露するようになった側室です」
 ハムゼの言葉を聞きシナンは呟く。
「……側室の一人か。それでは、あれは王の寵姫という事か」