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愛を奏でる砂漠の楽園 01

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第一夜◆青と白の宮殿

 大きな大陸の殆どを領地としている、世界有数の大国であるバヤル帝国。そんな国の中にある、透けるように美しいミナレット半島の海の畔には、国の最高権力者である王(スルタン)が住まう美しい宮殿がある。
 木々に覆われた宮殿の外観は白を基調としたものであるのだが、中はまるで海の中のように青い世界が広がっている。偶像崇拝が禁止されている為に発達した、幾何学模様の青いタイルで宮殿の壁は覆われているのだ。
 そんな青い世界の中を忙しなく行き交っているのは、果物や料理の乗った白銀色の盆を持った奴隷達。今日は朝からこの宮殿の中で盛大な宴が催されていた。



「既に宴は始まっております。お急ぎ下さいませ」
「急がなくとも、俺が居ない事になど王は気が付いていないに決まっている」
 横を歩くジェマルに対して、シナンは面倒くさそうな表情を浮かべて言った。
 既に成人を迎え疾うに子供では無くなっているというのに、教育係として幼い頃から側に居るジェマルには、まだ諭されなくてはいけない子供に自分が見えているのかもしれない。いい加減、大人であるという事を認めて欲しいものである。
 溜息を吐きながら宮廷の長い廊下を進んでいるシナンの周りに居るのは、白い口髭を蓄えたジェマルだけでは無い。背後には何人もの家臣の姿がある。
 筋肉質なだけで無く大柄な体に仕立ての良い上着を羽織ったシナンは、第一王位継承権を持つ王の唯一の息子であった。
「そんな事はございません」
「そうか? だったら、俺の顔を見た王が何と言うか賭けても良いぞ」
 シナンはそう言って頭二つ分以上背の低いジェマルから、殆ど目線の変わらないハムゼへと視線を移した。
 ハムゼも平均を遙かに上回る長躯の持ち主であったが、シナンのような男臭さは全く無い。王から払い下げられた異国の女奴隷と大臣との間に出来た子供である彼は、大臣が一目で心を奪われてしまった程の美貌であった母親と瓜二つの顔をしており、これで小柄であれば後宮で暮らしている王の側室達と間違われてしまいそうな容貌をしていた。
 そんな外見に拘わらず、なかなか食えない中身をしたハムゼは、シナンの視線を受けにやりという笑みを浮かべた。
「そうですね。私は王が『ああ』とだけおっしゃる方に、先日商人から買った東の都で作られた腕飾りを賭けましょう」
「ハムゼ!」
 ジェマルの制止の声を、ハムゼはシナン同様全く気にする様子は無かった。
 今はシナンの家臣という立場へとなってはいるが、父王の家臣の息子達の中で唯一年が近いハムゼは、シナンにとって幼馴染みという関係である。共にジェマルの小言を聞いて育ったハムゼにとっても、ジェマルの叱責は聞き慣れたものであったのだ。
「あの腕輪か……。俺はそんな物には興味は無いが、確かなかなか高価な物だったんじゃないのか? それに、あれは恋人に贈る物だと聞いた覚えがあるぞ」
「ええ、恋人に贈る予定の物です」
 思っていた通り恋人に贈る予定の物であるのだという事が分かり、シナンは訝しげな表情へとなる。
 他人に深入りする事を嫌っているハムゼは、長く特定の相手を作る事無く、一夜限りの関係を結んでいた。しかし最近になって、漸く特定の相手を作った。
 シナンには何が良いのかという事が分からない相手であったが、ハムゼはかなり相手の事を大切に思っているらしく、様々な物を買い与えていた。そんな相手に贈る物を賭けるなど、ハムゼらしく無い。
「そんな物を賭けて良いのか?」
「賭けに負ける予定はありませんので」
「……相変わらず嫌味な男だな。それならば、俺は『来ていなかったのか。まあ良い、好きにしろ』と王が言う方に……、そうだな、俺も同じくこの間商人から買った、東の都で作られた足飾りを賭けよう」
 先日商人から買った足飾りは、ハムゼが恋人の為に買った腕輪と殆ど同じ価値の物である筈だ。賭けの対象にするには丁度良い物であるだろう。
 ただそれだけの理由で賭けの対象として選んだのだが、選択を誤ってしまったのだという事を、直ぐに知る事となった。
「良いのですか? それは確か、エメルに贈られる予定の物だったのでは無いのですか?」
 察しの良いハムゼが、賭けの対象として選んだ物が誰に送る予定の物であるのかという事へと気が付かない筈が無いのだ。今は聞きたく無いと思っていた名を聞き、シナンは苦い表情へとなる。
「エメルとは最近はな……」
「おや、少し前まではご熱心だったじゃありませんか」
「あの肉感的な体と顔は好みだったんだが、あの性格がな……」
 エルメは眦のきつい双眸が印象的な美女である。肉感的な体も確かに好みではあったのだが、どちらかというと自尊心が高いと他人に思わせるそんな容貌に惹かれ、シナンは彼女を口説き落とした。
 しかし逢瀬を重ねる事によって、彼女が思っていたような性格では無いという事を知る事となった。自尊心の高そうな外見に反して、彼女は人の顔色ばかり伺い意見一つすら満足に言う事が出来ない女であった。その為、シナンの足はエルメから遠のいていたのだ。
「シナン様は、性格のきつい女性の方がお好みのようですからね。今度からは、性格を重視して選んでは如何ですか?」
「お前の言う通り、確かに俺は我が強い女の方が好みだ。だが、俺に対してはっきり物を言える女というのはなかなか難しくてな」
 王子である自分に逆らうような事をすれば、不敬罪で首を刎ねられる可能性とてある。相手がそう思い、自分の前だけでは物言わぬ人形のようになってもおかしな事では無い。寧ろ、当然の事である。
 それは分かっていたが、感情の無い人形のような女を相手にしても何の面白みも無いと思っていた為、シナンは新しい相手を見付けては疎遠になるという事を繰り返していた。
 飽きる事無く新しい相手を探してしまうのは、人肌が恋しいと思っているからでは無い。どうしても手に入れたいと思うような相手が欲しいからである。
 まるで思春期の少年のような事を今更になって思ってしまったのは、同じように特定の相手を作らなかったハムゼが、特定の相手を作ったからなのかもしれない。
「確かにその通りなのかもしれません。ですが、この世界は広い。いつかシナン様のお気に召す女性が現れる可能性もまだあります」
 何故飽きる事無く新しい相手を探しているのかという事に、ハムゼは気が付いているのだろう。苦笑混じりのハムゼの言葉を聞き、「そうだと良いのだがな」とシナンが呟くと、丁度目的地である大広間へと到着した。
「では、新しい腕飾りと足飾りをあれに贈る事ができるのを楽しみにしております」
「まだ負けると決まった訳では無いぞ」
 既に足飾りを貰うつもりへとなっているハムゼへと向かってふて腐れた表情を浮かべて言った後、シナンは賑やかな声が聞こえて来ている大広間の中へと入った。


 ◇ ◇ 


 左右対称の模様が織り込まれた豪華な絨毯が敷き詰められた大広間の中を、外来物のシャンデリアが明るく照らしている。
 美しくそして豪華なそんな大広間の中には、酒や果物、シシ・ケバブやネル・ケバブなどの肉料理(ケバブ)にバクラヴァやヘルヴァなどの菓子だけで無く、様々な料理が溢れんばかりに並んでいる。