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監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~(完結編)

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 デスクにはデスクトップパソコンが一台ずつ常備されている。もちろんインターネットに繋ぐこともできるし、使い方は自由自在だ。デスクは大きく取られた窓に面しており、窓の向こうには狭いながらグリーンの配置された人工の庭まで見えるという凝った趣向である。
 共用スペースにはドリンクコーナーまである。コーヒーや紅茶、ジュースがいつでも飲み放題というサービスも嬉しかった。
―ひらきたくと、ひらきたくと。
 愛奈は自分でも知らぬ中に、キーボードを叩いていた。気がつけば、パソコンの画面には?ひらきたくと?の名前だけがそれこそ無数に数え切れないほど並んでいる。
 私ったら、何をしてるのかしら。
 愛奈は小さく首を振り、再びケータイを開いた。画像フォルダを開き、今日、撮ったばかりの反町君との写真を出してみる。そこには微笑んで寄り沿い合う二人の姿があった。恐らく愛奈にとっては永遠の宝物になるはずだ。
―私は反町君を好きなのに、どうして、考えるのは拓人さんのことばかりなの―。
 と、愛奈の足許―デスクの下に置いた小さなバスケットの中でか細い啼き声が聞こえた。愛奈は慌ててしゃがみ込んで、バスケットを開く。真っ黒な子猫が顔を覗かせた。
「シーィ。静かにしないと追い出されちゃうからね」
 基本的にペット同伴はお断りの店内である。盲導犬のような場合は認められているが、子猫は絶対に無理だろう。昨夜、公園から連れ帰った子猫は?エメ?と名付けてミルクやキャットフードを与えて大切に世話していた。瞳の色がエメラルドとゴールドだから、エメである。安易な名付けだと子猫に恨まれそうだ。
 愛奈はエメの頭をよしよしと撫でて、可哀想なので蓋は閉めずにそのままにしておいた。咽が渇いたので共用スペースに行って冷たい紅茶を紙コップに注いだ。
 室内はあまり冷房が効いていないようで、じっとしていても汗が浮いてくる。額に滲んだ汗を手のひらで拭った時、背後で声がした。
「愛奈」
 その優しすぎるほどの呼びかけに、愛奈は華奢な身体を震わせた。
「随分と探したぞ、帰ろう」
 拓人に手首を掴まれ、愛奈は振り向いた。
「放してください」
「愛奈―」
 拓人が哀しげに自分を見ていた。悪いことをしたのは拓人の方なのに、何故か愛奈が彼を苛めているような気になってくる。
「拓人さんは卑怯よ、反町君のお父さんにまで手を出して、勝手に私の知らないところで転勤なんかさせたりして」
「何故、お前がそれを知っている?」
 この時、拓人の静かすぎる表情が初めて動いた。
 愛奈はそのわずかな変化に気づかず、思わず叫んでいた。
「反町君から聞いたの! そのせいで、彼はもう大学にも行けなくなったのよ」
 拓人の切れ長の双眸がスウと細められた。
「お前はあいつに逢ったのか? あの男はもう学校には二度と出てこられないようにしてやったはずだが」
「―酷い」
 愛奈は非難と軽蔑をこめたまなざしで拓人を睨んだ。
「転校するまでにまだ日にちがあるのに、反町君が学校に来なくなってしまったのは拓人さんが裏で手を回したからなのね」
 愛奈は信じられない想いで叫んだ。
「何でそこまでするの?」
 だが、会話はそこで途切れた。拓人がいきなり愛奈を抱き上げたからだ。
「何をするの!? いや」
 まるで荷物のように肩に担ぎ上げられた愛奈は悲痛な叫びを上げた。
 店内にはかなりの数の客がいたが、むろん、この騒動に皆がちらちらと好奇の視線を送っている。
「お客さま、店内での揉め事は困ります」
 騒ぎを聞きつけた店員が駆け寄ってくるも、どこからともなく現れた黒服の背の高い男がさっと店員に近寄り何事か耳打ちした。
 雰囲気としてはボディガードといった感じで、均整の取れた身体を黒服の上下に包み、サングラスをかけている。その男が店員に何かを囁き一万円札を数枚渡すのを愛奈は確かに見た。
「卑怯者、こんなところまでお金で片を付けるのね」
 涙が滲んだ。信じていた優しい従兄、いつも温かなまなざしをくれた年上の男。その真実の姿がこれだったとは。自分は一体、拓人の何を見ていたのだろう。
 金を握らされた途端、店員は大人しくなった。見て見ぬふりを決め込むのだ。客たちも騒動に巻き込まれては叶わないと誰も愛奈を助けてくれようとする者はいない。ただ遠巻きになりゆきを見守っているだけだ。
 結局、愛奈は泣き叫びながら拓人に連れ去られてしまった。ミャー、ニャーとエメがしきりに啼いている。小さな子猫だけが拓人に抱えて連れ去られようとする愛奈を助けるつもりなのか、果敢に拓人の足許に寄っていたけれど―。黒服のボディガードにその度に邪険に追い払われてしまった。
 拓人に担がれた愛奈の耳にエメの哀しげな啼き声が遠く聞こえた。
 
 駅近くの駐車場には見憶えのある高級車が停めてあった。拓人が通勤用に使っている黒の国産車である。拓人はその車に愛奈を放り込み、自分もすかさず隣に乗り込んだ。例の黒服ボディガードが運転席に乗り込み、車はすぐに発進する。
「どちらに行かれますか」
「鳳彩に行く」
「畏まりました」
 短いやりとりの後、車が発進する。高級車は深いぬばたまの闇の中をすべるように走った。時間にしてはどれほどのものだったのか、長いようにも短いようにも思えた。
 車が停車したのは、どこかの地下駐車場らしかった。先に車から降りた拓人に愛奈は再び横抱きにされる。
「一人で歩くから、降ろして」
 懇願しても無駄なことだった。拓人に愛奈を降ろす気はまったくないのは判った。拓人に抱えられたまま愛奈は地下駐車場からエレベーターに乗った。ボディガードは付いてくる様子はない。
 二人を乗せたエレベーターは十一階を示す数字が点滅している階で止まった。拓人は愛奈を抱いて絨毯の敷き詰められた長い廊下を歩く。深紅のベルベットを思わせる絨毯を拓人に抱かれていく中に、愛奈はふと自分が花婿に抱かれてバージンロードを進む花嫁のような想いに囚われた。
―私ったら、馬鹿だわ。こんなときに何をくだらない夢みたいなことを。
 現実は花嫁と花婿どころではない。こっそりと何も告げずに逃げ出して拓人は相当怒っているだろう。しかも、反町君と逢っていたことまで愛奈は迂闊にも喋ってしまった。
 これからどんな酷い目に遭うのか、考えただけで身体中の膚が粟立つ。
 とある部屋の前で、拓人の歩みが止まった。部屋のドアを開けて入ると、彼はそのまま中に入る。背後でカチャリと自動ロックされた音が無機質に響いた。
 愕いたことに、部屋は豪華なスイートだった。二部屋ある中の一つが洋風のリビング風でドレッサーやテーブル、ソファセットが整然と並んでいる。和洋折衷らしく、奥の寝室は畳敷で既に大きな布団が敷かれている。鮮血をイメージさせる緋色の夜具が照明を落とした中にうすぼんやりと浮かんでいる光景は何かとても淫靡な雰囲気を漂わせていた。
 枕許にあるのは行灯を模したスタンド。その唯一の光源に、何故か派手な色柄の長襦袢が掛けられているのはインテリアだろうか。